失敗ばかりするぼくが考えていること

こんにちは、PairStylesのようすけです。

 

ぼくはいつも、失敗ばかりをしています。

だからなのか、理由を考え、意味を求めることが多いです。

たぶん本当はいつだって、考え過ぎて二の足を踏んでるよりも、思い切り飛び込んでしまった方がいいには違いないのだけれど。

成功して勝利に酔いしれる瞬間がないから、

「こうやったら失敗するんだ」

「この失敗はどうして起こったのだろう」

とかを考え続けてしまいます。

 

ぼくら人間は、考えるだけの頭があるから考えてしまう。

本当は猫だったら、もっと楽だったのかもしれません。

どんどん賢くなっていって、その結果知らなくてもいいことを知り過ぎてしんどくなってしまう「アルジャーノンに花束を」の主人公、チャーリイに似ていて、どこかアイロニーを感じます。

 

何を”失敗”と定義づけるかは人それぞれだと思いますが、ぼくにとっての失敗は次の日の朝起きたとき、

「やっちまったなぁ」

「もっと他に方法があったのになぁ」

と思って反省することです。

 

なので、試験や面接で失敗したことは人生の中で一度もありません。

不合格や出来の悪い点数をとったことは何度もありますが、「もっと他に方法…」はないので。

勉強したかしなかったか、備えたか備えなかったかだけで、試験本番に対して

「もう少しこうしておけばよかった…」

ってないですよね。

試験を失敗したのではなく、勉強が足りなかった。

だから次がんばろう、しかありません。

 

結局

「失敗したなぁ〜」

って思うのは、人間関係が多い気がします。

あとはまあ、仕事もたくさんありますが。

人間関係と仕事の違いは、仕事には明確な”失敗”も”成功”もあるけれど、人間関係にはないところ。

 

だから、人間関係の失敗のあるなしって、人によって極端に差が出るのではないでしょうか?

めちゃめちゃ失敗する人と、「私、失敗しないので」の人。

ぼくはよく失敗するせいか、よく考えます。____と、じぶんで思っていました。

でもよくよく考えてみれば、もしかしたら考え過ぎてしまうからこそ、それを失敗だと定義づけてしまっているのかもしれません。

 

ということは、

「じぶん、めちゃめちゃ失敗するし、人間として終わってる……。自己肯定感めちゃめちゃ下がってしまうよー(涙)」

って思ってしまっている人は、頭が良いばかりに考え過ぎてしまっていて、内省を繰り返し自らを高めようとしている、実はとてもとても優秀な人なのではないでしょうか……?

 

わかります、反論ありますよね。

何度も失敗してるんだから、やっぱり優秀ではないと言いたいんですね?

たしかに働いていて、同じ失敗を何度も何度も繰り返している人は優秀ではないかもしれません。

でも、人間関係において、同じ人間なんて存在しないのだから、同じ失敗なんてありえません。

(もし毎回同じ人と毎回同じ失敗をしているならお別れした方がいいです×)

 

つまり、ぼくは失敗をたくさんしていますが、優秀な人間なんです。

よかったぁ、自己肯定感がちょっと戻ってきた〜。

 

正直に言うと、本当は失敗したくありません。

だからどうやったら次は失敗しないのかを考えて考えて考えますが、じぶんだけでどうにか出来ることでもないので難しいことばかりです。

関わらなければ、進まなければ、挑戦しなければ、失敗することもないはずです。

でも失敗を恐れて、恐れ過ぎて、何もしなくなってしまうのは、なんか違うなと思いました。

 

なんか違うんです。

 

誰々のため、とか、人が好き、とか、幸せとか愛とか正しさとか信じるとか、きれいな言葉を使うのは簡単だけれど、今回は使わないでみます。

考え過ぎて言葉に当てはめるのではなく、もっと感覚的に生きてみるのも心地いいのかもしれません。

 

とにかく、なんか違う。

じぶんや誰かが傷つくかもしれないし、もっと大きな失敗をするかもしれない。

でもなんか違うので、また失敗をしようと思います。

もっともっと、

「こうすればよかった! どうすればよかった?」

って朝の布団の中で悶々として、家出て帰ってきて夜再び布団の中でぐるぐる考えてしまう。

そんな”失敗”を、これからもたくさんしていこうと思います。

 

 

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