「え? 今なんて?」
まなかは手に持っていたダークモカフラペチーノのトールサイズを危うく落としそうになった。
彼の言っていることがわからなかったから。
「だからぁ」
少し苛立ちの滲んだ顔を空に向けてから、こちらを見てくる彼。こっちみんな。
彼はいつだって世界に対して憤っている。
スタバでダークモカフラペチーノを頼んだまなかを見て、同じので、とオーダーをした彼は、「あ、一番小さいサイズでお願いします」と言ってショートサイズにしていた。
意味わかんね。じゃあ飲むな。
「ブランド物好きなやつはダサいって言ってるやつ、キモいよなぁって」
「あんたが一番言いそうじゃん」
「言わないわ。そもそも考えの浅い人間が多すぎるんだよ」
「出た、理屈っぽ」
「まだ何も言ってないんだけど」
「これから言うんでしょ?」
「まあそうだけど……」
不機嫌そうに(しかも世界ではなくまなかに対して)、手のひらで覆い隠せそうなほど小さなフラペチーノを飲んでまなかを睨んでくる。
「いつもありがとね、俺の話きいてくれて」
「まだ何もきいてないんだけど」
「これからきくっしょ?」
「まあそうだけど……」
なんだこのやりとりは、とまなかが呆れ顔になるのとは正反対に、彼はどうやら今ので満足したみたいで、いよいよ本題について話し出した。
残り5分しかない空きコマの時間で終わるだろうか。とまなかは少しだけ心配になる。
「ブランド物ってさ、ていうかブランドってさ、歴史があるわけじゃん?」
「うん」
「そして、長年蓄積されてきたプロフェッショナルの技術と、誇りと、お金がかかっている。どの製品を作るのにも、一流のデザイナーと、一流の職人と、一流のカメラマンやモデルとかが携わっていて、結局ファストファッションとかがやっているのはそれの模倣だったり、形だけを真似たものだったりするんだよ」
「ほんほん」
「だからブランドの商品に対して、何十万円とする物に対して、払う価値がないとか、ブランドのロゴが入っているだけとか、そういった指摘はそもそも浅はかすぎると思うんだよね。まあ、このことについては当たり前のように知っている人はたくさんいるかもしれない。でも、少なくない数の人が、ブランド物を好きな人を小馬鹿にする。ダサいと思ってる。これはなんでだろうね?」
「そういう本質的なブランドの価値を理解しないで、高い値段のものを、世に広く知られているブランド品であるから良い物だ、という基準のもと身につけている人が多いからじゃない?」
「……せいかい」
「なんで不機嫌そうなの」
「おれが言いたかった」
「でも、なんでそれがブランド好きなやつキモいって言うやつの方がキモいってなるの?」
「そうなのよ。つまり、ブランドにお金かけるやつって、アホだよねっていう風潮というか、論調みたいなのって一部ではあると思うんだけど、それこそ、ブランドの価値をわからずに買いまくっている人と、本質は一緒なんだと思うんだよね。どちらも、ブランドの本質的で絶対的な価値を理解していない。だから、ブランド物好きなやつはダサいって言ってるやつって、キモいなって思ったんだ」
「なるほど」
キーンコーンと、4コマ目の始まる鐘の音が大教室に響いた。
教授はもう教卓に座っている。
まなかは自分のフラペチーノを教授から見えない、机の上に置いたバッグのすぐ裏に置いて、顔を近づけて一口飲んだ。
「それで、あんた今回は何の映画みたの?」
彼はおどけたように肩をすくめて、ちびちびと未だ飲み終わらないショートサイズのダークモカフラペチーノに口をつけながら。
「プラダを着た悪魔」
と、そう言った。
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