どうも、PairStylesのようすけです。
ぼくは断定的な物言いがあまり好きではなく、偉そうに決めつけてくる人を見るとすごく嫌な気持ちになるのですが、そんな人たちには毎回
「お前は間違っている!」
と決めつけて食ってかかっています。
どうしようもないやつですね。
ぼくは物語を書くとき、基本的にいつも2人のキャラクターだけを登場させています。
登場人物はいつも、何かを決めつけて、しんどくなってしまっている人たち。
お互いの”決めつけ”がぶつかって、価値観が少しだけ揺らぐ。
人間はみんな、どこかきもちわるい。
そのきもちわるさに気づいて、疑って、何でかわからないけれど、少し楽な気持ちになる。
そんな物語を書いているんだと思います。
まなつのらん
アイラン
1
生き苦しさをおぼえる。積み重ねた石が落っこちて、私の足にあたる。もっともっと、高く積まなければ。この青い空に、届かせなければ。そう、思った。追いたてられるように、また走りだす。
とても暑い日だった。陽は地面を突きさして、かげろうが炎そのものみたいに、ゆらめいて私の中の熱をたかめる。
肌の内側が熱くなればなるほど、まるで奪われてしまったかのように、胸のあたりが、しぃんと冷たくなっていく。人ひとり支えることさえ満足にできない棒きれみたいな足が、視界の下の方に入ったと思ったら消えて、また現れる。走れば走るほど、私の温度はわかれていく。
走ることは好きではなかった。だってとっても、息苦しい。走れば走るほど、頭がくらくらしてきて、胸に空気を入れたくて仕方がなくなってしまう。足だって痛くなるし、口の中だってきもちわるい。
でも走れば、世界はちょっとだけシンプルになる。生き苦しさがうすらいで、積み上げた石が五センチ空との距離を縮めるみたいに、私も五センチだけ、世界を好きになれる。
信号が点滅した。私は止まった。ぽおんと、言われた言葉を思いだす。
「きもちわる」
去年だった。真っ赤なランドセルのかわりに、袖をとおした初めての制服。着なれないブレザーとスカートと、その年最初の夏の日。学校にいつものように走っていくと、教室であまり仲良くない女の子たちが、背を向けて言ったのがきこえた。
私はブレザーなんてとうに着てなくて、セーターもリュックサックの中にくしゃくしゃってまるめてて、ワイシャツ一枚の下は汗で透けて、ぴたっとはりついて下着がくっきりとみえていた。とたんに、熱はすっと引いて、背筋がぞくっとふるえる。さむくてさむくてしょうがなくなる。あ、きもちわるいんだ、と私は思う。みんな、きもちわるいと思うものなんだ。
信号が青に変わる。左右を確認して、となりのおにいさんが半分渡るまで待って、また左右を確認してゆっくりと走りだす。
世界はゆっくりと、色を変える。私の好きな黄色に似た、明るい色。
たんたんたん、と作るリズム。焦点がずれていって、ぼやけていって、みえるものが広い。
歩くと走るの間には、他人と同じくらいの距離がある。歩いても走っても縮められそうにない、距離がある。
「とまりなさい」
ふくらんだつぼみが、春を待たずにひらいてしまいそうな、前のめりな声。
とまるもなにも、更衣室に入ってしまったら、走ることはできない。私は息を整えて、リュックサックを背中からおろした。すぐにでも体育着から制服に着替えてしまいたい、という思いをこらえて、目の前の女の子をみる。
「あたしはイジメ撲殺委員よ」
「はぁ……」
身長と顔をみるかぎり小学校六年生にもみえるけれど、スカートはよくみなくてもわかるくらい黄色が濃くて、使い古されているし、態度も横柄だから、上級生のようだと私はあたりをつける。今度はいったい、何を言われるのだろうか、と少しこわい。
逃げようか、逃げまいか。
「兄弟はいますか?」
「何それ」
「逃げないので、教えてくれませんか」
いじめ撲殺委員の女の子はじりじりと後ろにさがっていっている私をみてはっとした顔になり、「一人っ子。あと、お願いだからどっか行かないでくれませんか?」と不安げに言った。
急に敬語になって面食らう。と同時に、お下がりではないからやはり上級生なのだろうと思い、私は諦める。
「着替えたいんですけど」
「だめ」
ことさら強調して突きだされた腕には腕章があって、緑地に手作り感あふれる赤い字でイジメ僕殺委員と書かれている。私が一歩近づくと、彼女は一歩下がる。
いけるな、と思った。
「着替えさせてくれないならここからでるよ」
もう一歩近づくと、目を左右に泳がせて、彼女は身をひく。
「わかりました、じゃあ着替えながらでいいから話をきいてください」
「もちろん」
背中を女の子に向けながら、私は上を全部脱ぐ。
「あなたにはイジメに関与した疑いがあります」
「してない」
「あなたはされてる方です」
「いじめって、うけてる方がいじめだと思ったらいじめなんでしょ? じゃあ私はいじめられていると思ってないから、それはいじめじゃないよ」
「イジメとは、誰かがイジメだと思えばそれはもうイジメなんです」
「誰がいじめだと思ってるの?」
「あたし、です」
「……それにしたって、どうして私なのかがわからない。いじめられてる方じゃなくて、いじめてる方にやめるよう言えばいいじゃない」
「イジメというのは、いじめられている方にも責任はあるものなんです」
「そんなのざれごとだ。私は認めない」
言葉に力がはいって、女の子の顔がひきつったのがわかった。
「……認めなくて、いいです。ただ、イジメ撲殺委員としてはこのようなイジメをただみてるわけにはいきません。なので、あなたには治ってもらわなければならない」
「私のどこを直すの?」
つい、皮肉めいた口調になってしまう。人をみて態度を変えるやつなんて好きじゃないのに、自分がそうなっていってしまうようで、まるでじわりと染みこむ汗みたいだ。
「走ってしまう病気を」
「なるほど、治すってわけ。でも病気じゃない、好きでやってることなんだけど」
「違います、走ることはあなたを追いこんでいる。もっともっと、つらくなっている」
言っている意味がわからず、私は首をかしげた。
走ることで、好きをみつけているつもりでいたから。
「……走って、私は楽になってるんだよ」
今だって、その気持ちはかわらない。でも、なぜだかこの女の子の言葉は、つたないのに、胸にしみこむ。
私の顔をみて、深く息をすって、はく。夏の太陽の光みたいにまっすぐで、ぎらぎらとした視線から逃げたいと思う。女の子のはく息が、ふるえているように感じられる。こんな覚悟をもって渡される言葉を、受けとる資格が、私にあるとは思えない。でも、期待をしてしまう。走ることしかできない私を、地にしばりつけられた私を、空に連れだしてくれそうな、ささやかな幸福の予感。
「きもちわるいんですよ、学校でも、外でも、いつもいつもいつも、一回も歩かないじゃないですか。ずっと、走るじゃないですか」
立ちくらみみたいに、視界がぐらっとゆれる。気分が、悪くなる。呼吸が荒くなってって、息苦しい。生き苦しい。女の子の顔の輪郭さえあいまいだ。ぴんぼけした頭の中で、僕殺ってなんだよ、とふと思う。
2
「シート」
汗をふかなきゃ、と言って彼女はしゃがむ。リュックサックから汗ふきシートをとって、しゃがんだまま、背を向けて、首からさこつ、胸とわきをふいていく。
「あたしは、あなたに走るのをやめてもらいたいんです。やめれば、みんな幸せになる。イジメがなくなります」
今だって、あなたはきもちわるいと言われて、あたしがわかるくらい、はっきりと傷ついている。
たえられない、とあたしは思う。これ以上傷つけたくない、と思う。大きさの合わない制服は、母に頼みこんで、知り合いからゆずってもらったものだ。今日この日のために、あたしはここにいる。だから、やめるわけにはいかない。
「私が走るのをやめてしまったら、それはもう、私じゃあなくなってしまう」
彼女の手がとまる。さむくて、さむくて、しかたがないというように、自分自身を、だきしめる。
あたしが救われたのも、走る彼女だった。ずっと家の中にいて外の世界から逃げていたあたしに、勇気をくれた。小さかったはずの痛みは、少し目をそむけるあいだに大きくなって、吐き気がするほどのぐらぐらとした不安定さが、波のようにおそってきた日々。もう誰とも目をあわせられなくなった。自分の部屋から一歩もでられなくなって、わけもわからず布団の中で泣いていた。
誰の目も気にせずさっそうと走る彼女の小さな背中を、あたしは窓ガラスを一枚とおして、毎日毎日、雨の日も晴れの日も休みの日にさえ、みることができた。変な人だと、思った。ばかにしたような笑みをうかべて彼女をみる視線があっても、気にした様子もなく走る。前をむいて、走っている。いつか、彼女みたいになりたいと思った。人の目なんか気にしないで、好きを好きだと言って、胸をはりたいと思った。
「走ってるときはいいかもしれません。でも、ずっと走るわけにはいかないんですよ? 立ち止まったり、座ったりしなきゃいけない。なのに、走る自分だけを肯定してたら、それ以外の自分がくるしくてしかたがなくなっちゃいます」
小さな背中は平気だったわけではなかった。三ヶ月前、あたしの家の前で、彼女はしゃがんで泣いていた。その姿をみた瞬間、二つ前の冬に死んだうちのねこを思いだした。あたしはミコをみつけたときと、多分同じ目をして、ずっとみていた。目をそらしてはいけないものだと、なぜだか強く思ったのを、おぼえている。
下着を身につけた彼女はこっちを向いて、ワイシャツのボタンを一つずつ、下からつけていく。手元をみたまま、言葉をこぼす。
「くるしんだら、……だめなの?」
言っている意味が一瞬わからなくなる。何をしたいのだろうか、とふと思う。あたしの氷みたいなかちかちのくるしみを、真夏の太陽みたいにとかしてくれた彼女のために。彼女のくるしみを、とかしてあげたいという想いが、胸をみたす。でも彼女は、くるしみでかたまって、動けなくなってるわけでは、ないのだ。
あたしがしたことは、ただのおせっかいで、よけいに彼女を、つらくさせただけなのかもしれない。という思いがよぎる。後悔をしたくなる。あたしのいだいた想いも、願いも、希望すら、消えてなくなってしまいそうな、そんな気がする。
あの冬の日、泣いていた彼女が走りだすまで、少しの時間があった。しばらくして走りだしたけれど、その顔は、とても、とても。
「止まりたいと、願っているようでした」
「私が? 違う、そんなこと思ってない」
「でも、とてもくるしそうです。くるしすぎます」
「人と違うことは恥ずかしくない。違うことを恥じることこそが、恥ずかしいことなんだ」
「そんな強くないです、みんな誰かに、いいねって言ってもらいたいんです」
でもきっと、この人は誰の言葉も信じられない。あたしがたとえ、すてきだと言ったとしても、勇気づけられたのだと言っても、相手にしてくれない。
「私は、走るのをやめない」
彼女はリボンを首元につけて、ベストを頭からかぶった。スカートはいつのまにかはいていて、ゴムを口でくわえて、髪を後ろでまとめる。くせっけのない、まっすぐな長髪から、あたしは目をはなせないでいる。
今まで悩んでいた算数の問題の答えが、ふとみえるようになったときみたいに、心が落ちついてくる。ゆっくりと、息をはきだす。自分の息が、ふるえている感じがして、まただなあと思った。
「じゃあ、あたしも一緒に走ります」
「は?」
口にくわていた彼女のゴムが、床に落ちる。
「走りたくなくなるまで、ずっとついていきますよ。だって、あたしはイジメ僕殺委員ですから!」
「私、走るのやめようかな……」
走るのを止めるだけではだめなのだ。今日は、それがわかった。あたしができること、したいこと、しちゃいけないこと、多分いっぱいある。まちがえたくないと思う。自分の気持ち悪さはまた、自分も誰かも傷つける。でも、逃げちゃいけないと、あたしは思う。彼女があたしから逃げなかったように、あたしも逃げちゃいけない。
「ふふん、あきらめてください、あたしはしつこいですよ」
「よし、大人の力を使おう」
ゴムをひろってリュックサックをしょった彼女は、あたしの手をひいて歩きだした。
「な、なんですか、交番につれていこうったって無駄ですよ、けーさつはそんな小さな出来事じゃ動きませんからね」
そこのところは母親に確認済みだ。
「いや、あなたここの生徒じゃないでしょ? 先生に親御さん呼んでもらう」
「なぜそれを!」
「やっぱりそうか、スカートがうちの中学のじゃない気がしたもの。あなたもしかして小学生?」
「あ! カマかけましたね?!」
「いいから、こっち。あ、逃げるな」
彼女の手をふりほどいて、あたしは走りだす。
私は走った
私は止まってもいいかなって思った
あたしたちは泣いていた
あたしは走りだした
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