あの日から、3年。
過去をきちんと清算するために、まなかはあの日のことを思い出すことを決意した。
忌まわしきあの事件の日を。
「でもまなかは胸あるからいいもんね」
親友だと思っていた京子から言われた言葉に、まなかは大いに傷つき、そして傷ついたことにもまた、傷ついていた。
その言葉がどんな文脈で発せられたのか、今となってはもうわからない。
ただ、徐々に男子たちとの違いが露わになってきた中学2年生の夏、べったりと湿った空気が肌にまとわりつく中、身体に対するコンプレックスは自分でも自制がきかないほどに、まなかの頭の中を蝕んでいた。
まるで世界すべてが、自分の敵になってしまったかのよう。
電車の空調が、肌を突き刺すように痛い。
街中の小学生の無邪気なはずの笑い声で、背中が幽霊に触れられたかのように震えた。
まなかは自分が動物園に入れられている気分だった。
みんなが自分の一挙手一投足を見つめていて、注目していて、奇異の視線を浴びせて面白がっている。
そんな予感に囚われていた。
そんなまなかにとって、親友だったはずの京子の何気ない言葉が、鋭利なシャープペンシルの先っぽみたいにまなかの心に突き刺さったのは、今思えば、いわば仕方のないことだったのだろう。
京子はたぶん、まなかを傷つけるつもりはなかった。
そこに悪意はない。
誰かが悪いのだとしたら、それは世界だ。
悪いことは全部世界のせいにしてしまえばいい、って、今のまなかなら思えるけれど、当時の彼女はそこまで捨て鉢ではなかったから、結局律儀に、自分と、京子のせいにしてしまった。
やるせなかった。
そしてゆるせなかった。
夜空の星が、日に日に少なくなっていく。
一つ、一つと地に落ちていって、まなかの心が限界を迎えるころ、見上げる星空はなくなっていた。
そこから時系列は一気に飛ぶことになる。
高校2年生になった今でも、どうやらまなかには早すぎた記憶のようだ。
しんどい記憶には蓋をして、時を先に進めればいい。
逃げたっていい、負けたっていい。
ぐるんと、景色がゆがんで。
目の前には京子。
泣いている。
夜遅くまで働いている母と京子の二人暮らしの家、その6階のベランダから身を乗り出して、京子はこっちを見ながら泣いている。
夕日。
ここからは綺麗に見えるなぁ、とか思いながら、まなかは自分の心に怒りという感情がふつふつと湧いて出てくるのを感じていた。
震えながらベランダの手すりにまたがって、泣いて泣いて京子がこっちを見ている。
ごめん、まなか、傷つけるつもりはなかった。
ごめん、まなか、もっと気をつけて喋るべきだった。
ごめん、まなか。ごめん、まなか。ごめん。
「ちがうでしょ!!」
何を言ったのかわからない、という顔でまなかを見る京子。
まなかはゆっくりと、驚かせないように慎重に歩きながらベランダへと歩いていって、京子の肩を両手でがっしりと掴んで、引きずり下ろした。
そのまま室内のフローリングに押し倒して、馬乗りになって、胸ぐらを掴もうとしてできなくて京子のリボンが弾けてどっかいって。
握った拳を、京子の胸にそっと当てた。
きっとまなかも泣きながら。
「悪いのは、私じゃん。なんでそれ全部を、京子が背負い込もうとするの? なんで死ぬことが背負い込むことだと思ってるの? ムカつくムカつくムカつくっ……。なんで、一緒に背負って……、くれない、の?」
「ごめん、まなかぁああああ……」
「ほんとごめんきょうこぉおおお……。でもお願いだからもう死のうとなんてしないで……、もし死のうとしたら」
「…………?」
京子はぴたっとやんだ泣き声に気づいて、自身のぐしゃぐしゃな顔を手の甲でぬぐって、まなかを見た。逆光で眩しそうだ。
「……私がこの手で京子を殺すから」
「え、まなか。過去を清算って、私今日殺されるってこと??」
「はー、二人にそんなドラマチックな出来事があったとはねぇ」
「いや、胸いじられたのをここで清算しておこうかと。結論、胸あってよかった」
「うける、エモい空気感台無しだわ……」
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