生まれた理由を知る物語

「人生って、別に生きる意味ないじゃないですか」

「生きる意味、か」

「はい。だからたまに分からなくなるんです。何をすればいいのか、どれが正解なのか、って」

「せいかい」

「土井さんが言葉を大事にする方だって、ゆんちゃんから聞いてましたが、大事にするって言うよりかは噛み締めて、……味のしなくなるまで噛み締めて、最後に捨てちゃいそうな気がします。ごめんなさい、初対面なのに失礼でしたね……」

「いや、いいよ。面白い、そういう風に言われたことはなかったから」

僕は不思議な気持ちでいた。

このジャージ姿の少女との会話は、とても凪いでいる。

一回り以上も離れたこの子が自らの心を吐き出しているのはきっと、森の中を彷徨っているからだ。美しく健気な森。

健やかに育つ植物たちはどこか不自然、どこが不自然? そう、こんなに豊かなところなのに、動物が一匹も見当たらないのだ。

草花はたくさんあれど、自分と同じ種類の生き物が見当たらない。

愛でる分には構わないだろうけれど、彼女はおそらく、同類を探していた。

「委員長さんはさ、言葉を大事に使いたいんだね」

夜道を歩いて風に当たっていると、たまに生きていることを忘れそうになることがある。

暗闇は暗いのではなく、何も無いのだと、ふと思った時に、世界に引き戻されるのだった。

「どうなんでしょう。分からないです。言葉は好きですが、苦手でもあります。自分の気持ちがきちんと伝わっているのか、わからないので」

「そっか」

「土井さん」

「うん」

「土井さんにとって、私は言葉を渡す価値はないんですかね」

きっと僕が、何も伝えていないから。

彼女は自身が喋りすぎてしまっていると思っているのだと、僕は思った。

伝わっているか不安なのかもしれない。

喜怒哀楽を共有したいと強く求めながら、簡単に理解されたくないと思い、そしてそれらがねじれて、ほんの少しだけ自分のことを嫌いになる。

今目の前にいるこの子の苦しみめいたものを、倍の年齢を生きてきたというそれだけで、僕はわかりきったつもりでいた。

でもきっと、わかってることなんてほとんどない。

言葉遊びは簡単だった。

知ってるふりをして、共感して、その人のことをわかったつもりになって。

だから嫌なんだ。

都合のいい詐欺師になるのは、もう嫌だった。

「言葉は簡単だからね」

「私には必要なんです」

「必要……、なるほど、それは考えなかった」

夜道を歩く。

きっとそろそろお別れだろう。

彼女と歩幅を合わせて、歩く、歩く。

「でもそれは、初対面の人に求めることじゃないと思うよ」

「はい、なので、……また運命の通り魔しますね」

「次は走って逃げないように頑張る」

なんでこの子は、諦めないのだろう。

ぱっと前方に駆けて、彼女はこちらを振り返った。

「大切な人の大切な人なので。もう私にとって土井さんは、他人事じゃないんですよ」

「たにんごと、他人事、か。すてきな表現」

「照れちゃいますね、へっへっへ」

「あ、変な笑い方」

そう言ってから、僕も笑ってしまう。多分、ちょっとだけ変な。

「おやすみなさい、付き合ってくれてありがとうございました」

「こちらこそ、いい酔いざましになったよ、気を付けてね。……おやすみなさい」

__人生って、別に生きる意味ないじゃないですか。

彼女の言っていた言葉を、噛みしめる。

生まれた理由を僕はまだ知らない。

それは彼女の名前をまだ知らないのと多分、同じ理由。

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