音楽で涙を流すやつが嫌いだった物語

 

Not Alone

 

「誰かの歌をきいて、涙を流すなんて、嘘だと思ってた」

「うそ?」

「うん、嘘。たかだか4分間の音のつらなりで、心が動かされてたまるかって。だれも4分の短編小説とか読切漫画とかでは泣かないでしょう?」

「たしかに」

「だからさ、信じてなかった。不思議だった。涙もろい人の、雰囲気に流された、味のしない嘘の雫」

「ゆるせなかった?」

「うん。てか、好きだね、あなたはいつもそれを訊く。……ゆるせない、うん、ゆるせなかった。私にとっては映画や小説とかの物語が大事で、愛していたからこそ、音楽の軽薄さに苛立ってた」

「僕はさ、君のそんなところが好きだよ。君の世界のルールに、自身で囚われて、苦しくなって、糸がピン、と、もうこれ以上張り詰めるのは不可能ってくらいピンって,表面張力みたいにギリギリになるところ」

「えらそー。でも……、ありがと、きいてくれて。私はね、何もかもがゆるせないの。世界すべてを嫌悪してる。この生き苦しさに溺れて、涙がとまらない夜があって、すごくすごく辛くて、とっても心地がいい。……、いや、心地がいいは、適切な言葉ではないのかも」

「心地いい、うん。なんだか変態っぽくなってしまってるかもね。なってないかもしれないけれど。なんだろう、もっと近い言葉……」

「映画を観て泣くときは、激しいの。途中で止まることのないジェットコースターに乗って、感情をぐじゃぐじゃさせながら走り続ける感じ。映画が終わったあともその余韻を引きずって、頭がガンガンと鳴る。

小説を読んで泣くときは……、すごく静か。夜の森、月明かりに照らされた湖のわずかな波紋みたいなざわめき。読んでる途中で涙で文字が追えなくなって、一度深く深呼吸して、ゆっくりと、じぶんのペースで言葉を胸にしまって、静かに頬から雫がたれるの」

「うん」

「言葉のない涙の夜は、またそれらとは違って、並列で語るものではないんだけど、多分今、すごくややこしい感じになってるよね、ごめん」

「いや、大丈夫だよ。わかってる。んー、ていうか、わかっている気にはなっている。だから、だいじょぶだよ、ゆっくりで」

「ぅあ、ありがとう。そう。夜の涙は、とても寂しい。苦しくて、一人で、そこにあるのは心地よさというより、強い強い、孤独。それを”とっても心地がいい”と形容してしまうくらいには、きっと孤独に慣れてしまっているんだとおもう」

「孤独に慣れてしまっている」

「うん、そう。だから、おかしいものだとは思ってなかった。夜の涙に慣れてしまったことも、音楽の涙を否定していたことも、当然だと思っていたものたちが、今、反転してしまって、だから私は、今、すごくすごく、すっごぉおく、混乱してるの」

「そっか」

「生の音楽、目の前で歌ってるあの人をみて、聴いて、感情がぎゅっと、コンソメキューブみたいに凝縮されて、気がついたらふわぁって、胸に溶け出してた。私がずっと否定していた音楽が、勝手に私の心を揺り動かしてくる。嫌だ。嘘。ほんとは知ってる。あぁ、これが心地いい、って気持ちなんだ、って。だからさ、やっぱり私、混乱してじぶんの状態がわからなくなってるからきくんだけど、私って、今、____泣いてる?」

「泣いてるよ」

「そっか、うん。だよね。わかってた。孤独で流した夜の涙とは、まったくの別物。音楽がくれたのは____」

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