自己肯定感爆上げ物語

あたしは、自由だ。

ワンピースという漫画に出会って、あたしはこの世界で誰よりも”自由な存在“になりたいと思った。

でも自由を追い求めようとすればするほど、”自由”に縛られてどこにも行けない。

自由で在らなければいけないという枷があたしを苦しめているようで。

あたしは何から自由になりたいんだっけ、って考える。

そうだ。

感情。

感情の浮き沈みに身体が持っていかれて、苦しくなりたくなかった。

自分の中に一本、筋を通せば。

あたしはもう、泣かなくて済むだろうか。

 

「え、B組の吉田があたしのこと好き?」

「うん、なんかゆきこちゃんと結婚したいんだって」

「はやっ。付き合ってすらいないのに気がはやっ」

学校の自販は、いちごミルクが安い。

がくぉん、と大げさな音をたてて落ちたお気に入りのジュースを自販から取り出して、あたしはストローをさす。

正面玄関を入ってすぐ目の前にある室内用のベンチに腰掛けて、あたしたちはかなが来るのを待っていた。

「どうする? 一応、ゆきこちゃんは男の子よりも女の子好きだから脈ないと思うって言っておいたけど」

「いんちょー……、最近はそういうのセンシティブなんだよ?  多様性がー、って言われる時代なんだから、軽々しく嘘つかないでよ」

「でも事実でしょ? ゆきこちゃん恋愛興味ないじゃん、つまんない」

「あんた面白がってるねー、別にいいけどさ。……あと事実じゃないし、もう少し言い方あったでしょそれ」

「私悪くないもん」

いんちょーは口を尖らせながら、眼鏡をくいっとなおす。たしぎ大佐か。

「はー、なんでみんなかなじゃなくてあたしに行くんだろうなぁ。まあ、あたしは確かに可愛いし、頭もいいし、気も使えるけれど……」

「ゆきこちゃん、気は使えてないよ」

「うるさいなぁ」

「まあカナカナは高嶺の花って感じがするから、なんかギャルくて軽いゆきこちゃんの方が行きやすいんだろうね」

「……あんたにだけは気使えてないって言われたくないわ」

あたしはあくびをする。

「でもほんとゆきこちゃんは自己肯定感高いよね、羨ましい」

「まあね。だってあたし、努力してるし。そんな今の自分が、大好きだし」

「ははっ、いいね、そういうとこ好きだよ」

ずずっと、ストローを吸ったけど、空虚の味がした。

大好きな甘ったるいいちごミルクの味の代わりに、キンキンに冷やしすぎた薄い牛乳を飲んだみたいな。

からっぽで、何もない味。

自分の言葉に虚しくなる時がある。

あたしはあたしが好きだ。

努力してるし、結果も残してる。

今の自分に十分に満足してるし、人間関係も良好だし、不満なんて、お母さんがちょっとうるさいとかそれくらい。

なのに、あたしはどこか虚しさを感じる。

自分ってすごい、

とか

自分って可愛い、

とか

思ってないわけではないけれど、口に出してみると、思った以上に”そんなこと思ってない”ってことがわかって、砂が口に入った時みたいに、ざらざらとした気持ち悪さが残る。

でも言葉にしないと、なぜだか自分に負けてしまう気がして、鼓舞するために、言ってしまう。

そこには必ず、虚しさが残る。

この感情が苦しくて、嫌いで、どうにかしたくて、でももう何をすればいいかわからなくて。

でも誰かに頼りたくはなかった。

自分の中に一本、筋を通す。

通したい。

外から心を補強してしまったら、頼って、寄りかかって、一人じゃ立てなくなりそうだから。

だから、あたしは恋愛なんてしない。

「ゆきこさん」

「わ、吉田くん」

誰かがあたしを呼ぶ声にかぶせて、いんちょーが小さい声で漏らす。

え、吉田くん?

「ゆきこさん、僕、あなたのことが結婚したいくらい好きです、一緒にデートしてくれませんか」

吉田くんって、こんな顔だったんだーとか思いながら、野球部でもサッカー部でもなさそうな彼は、いったい何部なのだろうかと思った。

色白背高、ちょっと爽やか系。

あ、そうだバスケ部。

「ゆきこちゃん」

「あ、そうか。……ごめんなさい、無理です」

いちごミルクはもう、あと少ししかない。

「吉田くんはさ、ゆきこちゃんのどこが好きなの?」

たぶん答えを知っているであろうに、いんちょーはニコニコ笑顔でそう訊いた。

「顔……かな。いや、もちろん他にもたくさんあるけれど!」

焦って顔を真っ赤にした吉田くんを見て、吹き出しそうになるのを必死に抑えたけど……、ダメだった。

「ぷはぁっ! 何それ」

思わず笑い出したあたしを見て、吉田くんはちょっと泣きそうになりながら、あたふたとして、いんちょーを見て、もっかいこっちを見る。

「誰にも媚びてなさそうなところ、とか、頭がいいところ、とか、話しやすいところ、って言われるのかと思った。吉田くん……、顔なんだ」

「うん! すっごい好きなんだよね、ゆきこさんの顔」

当の本人が至って真面目な顔をしているのも面白かった。

人に素直に褒められるのって、悪くない気持ちなんだなーって思いながら、あたしは彼にかける適切な言葉を探す。

 

 

これはあたしと吉田くんが、結婚するまでの、最初の物語。

自由に憧れて、不自由を愛した、そんなあたしたちの物語だ。

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