プライド高そうって言われてショックだった話

初対面の人たちとしばらく話した後、プライド高そうって言われた。

 

え、まじ?

って思った。

 

ぼくってプライド高そうに見えるのだろうか。

てか、人が人にプライド高そうって言ってる時って、どんな意味を含んでいるのだろうか。

とかそんなことが頭の中をぐるぐるとして、とっさに返した言葉は、

「え、ほんと? でもプライド高そうって言われる人ってめっちゃダサそう」

だったのだけれど、期待していたわけではなかったけれど、そのぼくの言葉に対するフォローは特になかった。

やっぱりダサいって思ってるのかな……、とか面倒くさいことを考えながら。

つーかもっとかっこいい返しがあっただろ、と猛省しながら。

 

そこからはずっと、プライド高そうと言われていたことを忘れてたのだけれど、お家に帰ってからまた思い出してモヤモヤし始めた。

このモヤモヤを鎮める手段は大きく二つあると思っていて、

黙って忘れる

考え尽くして納得のいく答えを自分で作る

なのだけれど、黙って忘れるのは性に合わないので、考え尽くしてみようと思う。

 

そうだ、ぼくはとても面倒くさい人間である。

 

 

そもそも、なぜプライド高そうと言われてショックだったのか。

それは、言い方にもあるかもしれない。

例えば、プライド持ってそう、とか、プライドありそう、とか、自信ありそう、とかだったらいい感じがする。

かっこよさそう。

でも、プライド高そう、って、ちょっと嫌な感じじゃない?

多分発言した本人は悪意なんて滲ませるつもりなんてないのだろうけれど、無自覚に、無遠慮に、その言葉を選んだ意味っていうのがぼくの頭にブッ刺さってくるような気がしてくる。

プライド高そう。

ぼくが誰かに言うときは、どんなときだろうか。

無愛想な人、ちょっとバカにした目で見てくる人、高飛車な人、選民思想の強い人、誰かから施しを受けることを当然だと思ってるような人、肩書きで人を判断する人。

あとなんだろう。

プライド高そう。

わからない。

そして今挙げたそのどれにも、ぼくは自身が当てはまるとは思っていない。

愛想はいいし、人をバカにしないし、傲慢でもないし、謙虚だし、ぼくは何の肩書きも持っていない。

でも謙虚な人は自身のことを謙虚だとは言わないだろうから、謙虚ではないのかも。

 

あまり自分のプライド高そうなところが浮かばなくて困る。

ただ、今回のことで何よりも困っているのは、ぼくのプライドが高いというのが事実だということだ。

そう、ぼくはプライドが高い。

手のひらを返すようで申し訳ないが、それは事実だ。

ただ、プライドが高いのと、プライドが高そうに見えるのとでは話がまったく違ってくるのである。

少なくともぼくにとっては、その二つは北極と南極くらい違う。大陸があるのとないのとでは、だいぶ違う。

 

詐欺師が詐欺師っぽいと言われるわけにはいかないように、ぼくにとってプライドが高いということは、それほど仲良くない相手にとって知られてはいけない重大な秘密なのだ。

きっと仲の良い人たちみんなに、

「お前はプライドが高い」

と言われるだろう。

というか、言われる自信がある。

ぼくは自分がプライドを持っていて、それが天よりも高いということにすら、プライドがある。

けれど、案外今回言われたことというのは物事の本質を突いていて、プライドが高いということをバレていないと思っていたのはぼくだけで、パッと会って少し話せば、ぼくの鼻持ちならないプライドは溢れんばかりに出てきているのかもしれなかった。

 

そしてそれは大問題であった。

プライドが高そう、などとは思われたくないのであった。決して。

なぜなら、それは褒め言葉ではないから。

では、どうすればプライドが高そうと思われないのだろうか。

 

答えは出ない。

答えが簡単に出るようだったら、そもそもプライド高そうとか多分言われてない。

でも一つだけ、明確で明白で簡単な答えがある。

ずっと前から気づいていたし、試みたし、結果できなかったこと。

 

うん。

黙ればいいんだよな、結局。

喋りすぎなんよ。

多分それだけ。

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