そういえば中学生のころ、ぼくは左乳首を無くすという大事件を起こしたことがあった。
起こしたというか、起こされたというか。
大事件というか、いや確かにぼくにとっては大事件に違いないし、中学の同じ学年中に広まったから大事には違いなかった。
左乳首を無くした今、ぼくの身体がどうなってしまっているのかは、あまりにも怖すぎてここでは話せない。
ただ、なぜ乳首を無くすに至ったのかは、今日ここでつまびらかにしようと思う。
この場にて、左乳首の供養を行いたい。
アーメン。
中学のころ、ぼくは体育係をやっていて、その品行方正で理知的な行動によって、先生からの評価はすこぶるよかった。
運動神経がそこそこよかったのと、昼のマット運動が素晴らしく上手であったのも、成績を押し上げた要因だった。
当時のぼくは体育の授業中は特に楽しくて、調子に乗っていたように思う。
そんな中、ぼくとは正反対みたいなやつがいた。
彼の先生に対する態度はよくなく、身体はいつもどこか怪我をしていて、運動が下手だった。
名を宇佐美と言う。
運動が下手というのは嘘である。
サッカー部でバリバリに活躍するくらい運動は上手だった。
ただ、先生への態度の悪さと、身体の怪我は本当だった。
宇佐美は人当たりがいいにも関わらず、なぜか先生から好かれることはなかったように思う。知らんけど。
登校してくるたび、自転車で転んだとか電柱にぶつかったとかで、何針も縫う大怪我をしてきた顔でやってくるのである。
宇佐美とは何だかんだ仲が良くて、放課後によくゲームをして遊んだ気がする。
あと、学校ではすれ違うたびにお互いの肩を殴り合うという、とても野蛮な遊びをしていた気がする。
そんな彼と体育の授業で、ペアを組んだことがあった。
ぼくの唯一苦手な、柔道の授業で、サッカーで鍛えた足腰を持つ宇佐美は、どっしりと構えている。
そんな彼と、毎週毎週、柔道でペアを組んでいたのだけれど、最初から、問題は起こっていたのだ。
柔道でお互いが組んで、相手の右肘と左襟を掴む。
その際、相手側の右手が、ぼくの左襟を掴んでいるのだけれど、ぐっと外側に右手を押し込むものだから左胸がこすれる。
彼はそれを繰り返す。
ぼくの左胸がこすれる。
組むたびに、こすって、こすって、毎週と続けてうちに、痛みを伴うようになってきた。
もはや宇佐美と組むたびに、左胸に耐え難い痛みが走るようになってくると、ぼくはしばしば授業中に場外で休むことが多くなった。
ただ、これはいかんかった。
体育係であるぼくが、休むわけにはいかなかったのだ。
痛む左胸をおさえて、畳の上へ。
宇佐美と組む。
よく怪我するくせに、いや、よく怪我するからこそ、彼は丈夫そうだった。
一回、二回、三回目、と組んだところで、ブチっと何かが千切れるような感覚が胸に。
ぼくはしゃがみ込んで左手でストップの合図をしながら、右手で左胸を直におさえた。
「あ、乳首とれた」
「えっ?」
宇佐美がぼくの方へと近づき、覗き込んできた。
「うわぁ、ほんとだ、たけうちやべー!!」
宇佐美は嬉しそうに、たけうちくんの乳首がとれましたぁ、と先生に報告し、ぼくはそのまま保健室へと運ばれる。
その次の週から左乳首に絆創膏をつけたぼくを見て、クラスメイトは大いに笑った。
ただ、ぼくにとっては笑い事ではなかった。
その乳首が今どうなっているのかは、本当に親しい友人しか知らない。
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