君は人生楽しそうでいいねって言われる女の子の楽しい物語

これは私の物語じゃない。

能天気に柔らかく笑って、いっつもぼけぼけしてて、何も考えてないけど何もかもうまくいくあの子の物語。

可愛い子ってトクだよなぁ〜。

って、会社の自販機でいつも買うお気に入りの野菜ジュースをストローで飲みながら、勝手に日課にしている15時の10分休憩中に、わたしはいつものように彼女をみていた。

暗い茶髪のショートボブに、ぱっちりとした大きなお目目。

肌ツヤは赤ちゃんみたいに綺麗で、もしかしてすっぴん? と疑いたくなるレベル。

あー、やっぱ可愛いなぁ。てか座ってるときの姿勢良すぎじゃない?

私もあんだけ可愛ければ、こんなひねくれることもなく、人生イージーモードだったのかなぁ。

うわ、立ち上がった。

椅子のしまい方も美しいな。

ちょっと待って、歩き方も可愛いんだけどどういうこと?

てかやっぱり顔ちっせえ、こんなに至近距離でもまだちっせえ。

わぁ、お目目がうるうるしてる守りたいな。

間近でみるとちょっと目茶色いんだぁ。

……え、なんでこんな近くにいんの?

「ゆんさん、そんなに見られるとさすがに恥ずかしいです」

「わ、びっくりした」

私はストローから口を離して、壁にぴったりと背中をつけた。

いつのまに彼女は目の前にいたんだ?

「あの、お仕事後、お時間ありますか?」

彼女は真剣な顔すら可愛い。

「あ、はい」

「じゃあよろしくお願いします」

にこっと、破顔してきびすを返す彼女の背中をみながら、私はすでにカラになっていた野菜ジュースのパックを床に落とした。

反射的に返事してしまったけれど、どうしよう。

彼女とは業務外で関わったことはない。

休みの日や仕事終わりはおろか、休憩やお昼にだってまともに会話したことはなかった。

なんでだ、どうしよう。

その言葉だけがぐるぐると頭の中を周り、その後の仕事が手につかなかったのは言うまでもない。

ごめんなさい、マネージャー。いや、マネージャー好きじゃないからそんなに申し訳なく思ってないけど。

明日朝早くから来てがんばります。

 

 

 

「私昨日、別のチームの先輩に、君の人生楽しそうでいいねって言われたんです」

まだ時間が早いからか、駅から会社とは反対側に歩く、小さな路地裏にある薄暗いイタリアンには私たち以外の客はいなかった。

話があると言った彼女は、どうしても私に相談したいから、ご馳走するからイタリアンに行きたいと言う。

会社の後輩に奢らせる先輩がいるわけないだろ。

と私は思ったけれど、ここまで言われて断るわけにもいかなかったので、ご飯にいくことを了承したのだった。

というか苦情とかじゃなくてよかった……。

「ゆんさんは人生楽しいですか?」

「んー、どんな質問なのそれ」

彼女は私のあいたグラスに2杯目の白ワインを注いでくれる。

席についてすぐにあの子が、迷いなく頼んだリースリングのボトル。

真鯛のカルパッチョを食べて、舌鼓を打つ。

「というかさ、あなた、もしかして私の好きなもの事前に誰かにきいたの?」

「え、きいてないですよ。別に誰にもきいてないですよー」

「嘘へたか」

目が泳ぎまくる彼女をみて、私は少し笑ってしまう。

私の好きなワインを知ってるのはおおかた、土井くんあたりだろう。

「そこまでして私に話したかったことってなに?」

「人生についてですよ!」

酔ってきたのか、少し頬が赤くなっている彼女はいつにも増して可愛い。

「人生ねー。転職考えてるの?」

「ずばっと言いますね……、でも違いますよまだ一年も経ってないじゃないですか」

ちらりと彼女が横目でこっちを確認してきたのがわかった。

「私、昨日、ムカついたんです。こっちのことをよく知りもしないで、人生楽しそうでいいね、って言われて。褒めてるのか貶してるのかわからないし、言ってきた本人に何言っても仕方ないと思ったので、笑って、”ありがとうございます”って言ったんですけど、正直ムカつきました。わぁ、レバーパテ美味しいですね」

「そっか。え、私も食べよっと」

「これバケット足りないですよ、もう一つ頼みましょう。すいませーん、オーダーいいですかー?」

店員さんに注文をしてる横で、私はレバーパテと白ワインをいただく。

うん、美味しい。

「どうしてムカついたの?」

「まるで私に何の悩みもないかのように言われた風に感じたんです。ゆんさんはどうですか、人生楽しそうって言われたらどう思いますか?」

「……そうだな、誰が言ったかにもよるけれど、たしかにいい気持ちはしないかもしれない。たいていそういうことを言うのは私のことをよく知らない,人生の部外者だろうし」

「ですよね?! あ、ごめんなさい食い気味でした。ほんとでも、それ言われた瞬間、ムカついたのと、いい気味だって思ったのと、二つの感情になったんです」

彼女は楽しげに話す。

大きすぎず、小さすぎず、バランスのいい声量とトーンで話してくれる。

気がついたらワインは私のグラスに注がれていて、お水も横にあった。

ムカついたのと、いい気味だって思ったのと、二つの感情。

「なんで私がゆんさんにこんな話をしてるかわかりますか?」

覗き込むように下からこちらを見つめる彼女の目は薄暗い照明のせいか、いつもより潤んでいるように見えた。

あざといあざとすぎる。

「わからないよ。わからないから、戸惑ってる」

「私ずっとゆんさんのこと気になってたんですよね、入社したときから」

白ワインをくっと煽るその横顔には、どこか張り詰めた空気を感じた。

「ゆんさんって、すごく綺麗な姿勢で仕事してるじゃないですか」

「へ?」

彼女はいたって真剣な表情で私をみる。

「休んでるときはすっごく力が抜けているのに、お仕事が始まると、ゆんさんはすごく綺麗になるんです。あ、いや、いつも綺麗なんですけど! ……なんというか、たぶん、ひたむきな人なんだろうなぁと思って」

私は苦笑した。

まさかそんなことをこの子から思われていたなんて。

「そんな大層なものじゃないよ。あなたが期待しているような人物ではないと思う、期待に応えられなくてごめんね」

「何も期待してないですよ、私は」

思った以上にまっすぐなその瞳に、まるで心を刺されたかのような衝撃を覚えた。

「私は無責任でいたくないから、勝手に期待して勝手に失望したりしません。誰かの一部分を切り取ってじぶんの都合のいい解釈をしていないつもりです。だから事実だけを述べたんです。ゆんさんはすごく綺麗な姿勢で仕事をしている。……そんなゆんさんの姿勢に憧れて、私も仕事中は襟を正して、背筋をぴんと伸ばしてるんです。そんなゆんさんのことをもっと知りたくて、いつも見ていました。ゆんさんはたまに定時ぴったりに帰るときがあって、他の先輩方は”あいつは力の抜きどころがうまいんだ”って言ってましたが、私はそうは思いませんでした。だって早く帰ったその次の日、ゆんさんは必ず誰よりも早くきて、仕事をしていたから」

「お水、お代わりください」

「あ、すみま、……、ありがとうございます」

彼女のコップに注がれるお水を見ながら、私はお水を一気に飲み干す。

「ふっふっふ」

「え、なんですかその笑い方」

「あごめん、私笑い方漫画みたいなんだよね」

「なんですかそれ」

そう言うと彼女も笑った。

私は再度、ふっふっふ、と笑う。

「ごめんなさい。私、あなたのことを勘違いしてた」

「そうなんですか?」

カラになった白ワインのボトルを私に見せる。

「何か頼もうか、また白でいい?」

「はい、ゆんさんの好きなやつが飲みたいです」

「そうね、まだ話し足りないし、ボトルでもいい?」

「はい!」

彼女は心の底から嬉しそうに見える笑顔を浮かべる。

あー、やっぱり彼女は可愛い。

そして……、

「私、あなたがただ可愛いだけの子だと思ってた。だからきっと、昨日のその彼と私は大差ないのかもしれない」

「でももう私が可愛いだけじゃないって知ってるんですよね?」

ほんといい性格してるな、この子。

嫌みじゃなくて、心から思う。

彼女は……。

「うん、あなたは周りをよく見ている。しかも一緒にいる人のことをよく見てる。だからあなたと一緒にいるのは、すごく居心地がいいんだと思うよ」

彼女は押し黙った。

カランと音がして、新しいお客さんが入ってくる。

新しくきたワインを飲みながら、私は彼女の横顔をみていた。

「泣きそうなの、それとも笑いそうなの?」

彼女の不思議な表情を見ながら、私もきっとニヤついてしまっている。

「一つお願いがあるんですけど、いいですか?」

「お会計なら絶対私が払うからね」

「え、ダメですよ、今日は私が誘って私が払うって言ったんですから!」

「じゃあ割り勘。それで次は私が誘う」

「えー、誘ってくれるんですかうれしい! でも今日は絶対払いますからね、ってそうじゃなくて」

彼女は一呼吸置くと、私の目をまっすぐ見てきた。

「私に言ってくれないですか、あの言葉を」

「ん、なにそれ?」

「ゆんさあぁん」

「わかんないけど……、まあでもほんとあんたは。……人生、楽しそうでいいね」

彼女は泣きそうになっていたその顔を下に向けて、今度は上にあげて、そして私を見た。

美味しいものを目一杯食べたとき、みたいな表情をしながら、彼女はニカっと笑う。

「はい!!」

あーあ。

そんな顔されたら。

私も明日から、もっとがんばろっと。

 

 

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