好きを伝えられなかったことを後悔する物語

花火大会のその夜に

 

めいじはかれんが好きだった。

少し自信なさげにハニカむその笑顔も、周りが引くくらいの食べっぷりも。

一緒にいると、何だかどんな時よりもじぶんらしくいられる気がして、いつもは大して好きでも嫌いでもない自身のことが、かれんといるときはちょっとだけ好きになれた。

だがしかし、大学生に入ってすぐに落ちた恋の音は、肌寒くなってきたころ、秋に唐突に終わりを告げることになる。

 

たぶん、かれんに彼氏ができた。

 

証拠はなかったが、確証はあって、お互い好き合っていた時間がめいじとかれんの間にあったのと同時に、その交わりが消えてしまったこともめいじにはわかっていた。

いったい彼は、どこで間違えてしまったのだろうか。

今となってはわからない。

めいじとかれんの間にどんなすれ違いがあったのか、もう知る術はないのだと、そう、思っていたのに。

 

 

「めいじ、もう明日のバイト休んじゃえよ」

「うんうん、1日くらいいけるって」

夜20時を回ったところ、めいじは大学で同じ授業をとっていた悪友たちと、川沿いを歩きながら缶チューハイを飲んでいた。

「そもそも朝3時起きって、それもう朝じゃなくね?」

「ほんとブラック企業すぎるでしょそれ」

「仕方ないじゃん、新聞奨学生なんだから。部屋も学費も世話してもらってるんだし。しかも休めねーよ、そんな急に」

「風邪ひきましたって言えばなんとかなるだろ。な、別に今日くらいいいじゃん」

押し問答の末、結局めいじは会社に電話して翌日のアルバイトを休むことにした。

「うわぁ、やっちまった……、どうしよう」

めいじは深い後悔を感じながら、もう二度とアルバイトいきたくないなと思う。

じぶんで決断できないくせに、あとあと悔やむのが悪い癖であると、めいじは自覚していた。

「はははっ! もう今日はぱぁっと飲もうぜ! だってお前かれんにふられたんだろ?」

「ちょい、ともや、ストレートに言い過ぎだって。めいじかわいそ……」

「いやいや、フラれてないし、そもそも告白してねーし」

「お、じゃあまだいけるじゃん」

ともやとひろがニヤニヤしながらこっちを見ている。

「いや、でももう無理だ。たぶんかれんに彼氏できたから」

めいじはじぶんで言ったその言葉にひどく落ち込んだ。

「え、なにそれ?! だってめいじといい感じだったんじゃないの?」

「だから告白しなかったからだって。めいじは意気地なさすぎなんだよ」

ともやはいつも通り辛辣だ。

ひろは混乱しているのか酔っているのか、小首をかしげて口を半開きにしたまま、上を向いている。

あ、こっち見てきた。

「でもかれんも好きな感じだったよね? この前の飲み会でもなんだか二人きりでいたし、デートも何回かしてるんだよね?」

「おれもわかんねーよ。なんか急に冷たくなって、連絡が続かなくなって、一緒に出かけてくれなくなって。あー、もうわかんねえ!」

言いながら、めいじはどんどん悲しくなっていった。

ことの真相なんて、めいじが一番知りたいに決まっていた。

けれどそれをきく術は、もうない。

「そしたらさ……」

ともやがめいじの横で、ニヤっと笑う。

悪い笑みだ。

嫌な予感がしながらも、めいじは続きの言葉を待った。

「今からかれんに電話しね?」

「まじ?」

ここでもまた、めいじはじぶんで決断ができない。

 

 

「もしもし、ともや、どうしたのー?」

彼女が電話に出たことに驚いて、めいじたちは顔を見合わせた。

一回深呼吸して、ともやが口を開く。

「おう、かれん? 久しぶり。……今さ、ひろと二人で飲んでて、電話したんだよね」

かれんはいつもみたいに、くすくすと透明な笑い声をあげる。

「へぇ、二人で飲むなんて珍しいね、仲良かったんだ」

「かれん久しぶりー。いや、おれともやと仲いいわ、勝手に不仲にしないで」

そう言ってひろは笑った。

「かれん何してたの、急にごめんね。なんか二人で飲んでたらめいじの話になってさ、そういえばかれんとどうなったんだろうって思って。もし差し支えなければききたいなーって思って」

「あ、めいじね……。元気かなぁ、最近全然会ってないから」

「あいつは元気に社畜やってるよ」

 ともやが笑いながら話す。

めいじは二人が話す横で、脈打つ胸の鼓動を抑えようと必死だった。

しんどい。

かれんの声がきこえる。

それだけで辛いと思ってしまうくらいには、まだ彼女のことが好きだった。

かれんの口から自身の名前をきいて、めいじは大いに動揺していた。

その後もめいじは”いないてい”で話を続けていく。

「そっか、かれんサークルの先輩と付き合ったのか。どうしてめいじはだめだったの? 花火大会も一緒にいったってきいたけど。つまんなかった?」

「いや、違うの。花火大会はすごい楽しかったよ。私浴衣着ていって、めいじは褒めてくれたし、すごいうれしかった」

「うんうん」

ひろはアホみたいに相槌を打ち続けている。

「めいじがさ、私の家まで送ってくれたの。それで、一緒に歩きながら、いつのまにか手を繋いでて、暑い真夏日だったけれど、その熱は嫌じゃなかった」

「うん」

「二人で一歩、二歩、って大股で歩いて、もうおうちに着いちゃうね、だなんて笑って話しててさー。すごいよかったんだよ。すごく幸せだった」

めいじは飛び出したくなるじぶんの心をおさえて、膝をぐっと手で下に押した。

眉間にシワをよせて、にやにやしてるともやに、平気そうな顔をみせてやる。

「でもめいじはさ、してくれなかったんだよ、……告白」

ぐらっと頭が揺れる。

電話越しのかれんの声。

あいづちをうつひろと、ニヤニヤしてるともや。

「そっか。そしたらさ、もしあの時、めいじが告白してたら、かれんはオーケーしてた?」

「……。んー、してたと思う。別れて、ラインで何か言ってくれるかなってその晩ずっと待ってたけど、結局何もこなくて、そっかって思って」

「はーーーー、……、そっかぁ」

ひろの言葉は続かず、ともやがめいじの方をみながら口を開く。

「まあそれは仕方ないよな。タイミングって大事じゃん、そこが噛み合わなかったんだろうね」

「うん、これ、めいじには言わないでね」

「大丈夫だよ、これはおれとひろの秘密だから。誰かにわざわざ言ったりしないし」

「うん、こんなのめいじに伝えるのは残酷すぎるからおれも言わないよ」

その後、電話を切ってからの空気はすごく重かった。

いや、わかっている。

めいじが重くさせていることを。

でもちょっと待って、立ち直れなさそう。

めいじにとっても、あの日の夜は特別なものだった。

もちろん告白を考えなかったわけではない。

でもたぶん、めいじの性格が、じぶんで決断できないという性が、彼を立ち止まらせて、こんな結果にさせたんだろう。

「ほらな。あの時、絶対告白するべきだったんだよ。タイミング次第で、いけるものもいけないし、いけないものは結局いけない」

ともやの言うことはもっともだった。

めいじには決断するための勇気が足りなかった。

リスクをとって、挑戦をする。

言うのは簡単だ。

「お前らさ、一ついい?」

決断をしなければ。

じぶんで前に、進み出さなければ。

突如雰囲気の変わっためいじをみて、ごくりと喉を鳴らすひろ。

ともやは真面目なのかふざけているのか、よくわからない表情をしている。

「今日は朝まで付き合えよ。いっぱい飲もう」

「はははっ! 最初からそのつもりだわ、コンビニいこうぜ」

「いやぁ、告白にもタイミングがあるんだなぁ」

ニヤニヤと笑うともやと、小首をかしげているひろ。

その日めいじが泣き上戸になったのは、言うまでもない。

 

 

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