くきききき、と笑い声のような木の軋む音がする。
アルコールとポップコーンが焦げたのが合わさった、複雑な臭い。
ピアノのメロディがぽろん、と聴こえたかと思ったら、泡のように消えた。
“それ”は人の形をしていたが、顔の表情は張り付いたように変わらず、笑顔が崩れることはない。
“それ”は今にも歩き出しそうに見えたが、その場から動くことはなく、手だけが小刻みに震えている。
“それ”は人々から、”ロボット”と、そう呼ばれていた……。
ロボットには友だちがたくさんいた。
空を優雅に舞う蝶々や地面を楽しげに駆け回るリスたち。
地域で恐れられている狼から、心優しきゴリラまで。
彼らはこぞって、山の中腹の、見晴らしのいい崖の上で動かないロボットへと参りに行っては、お話を聞いてもらった。
ロボットは話をきくのが上手だった。
決して怒ることなく、諦めることなく、飽きることなく。
彼はどんなモノたちの話もきいてあげて、動かせない顔の代わりに身体を前後に揺すってみせた。
くきききき、
くきききき、
と。
ロボットは、崖の上から見える日の出も、暗闇を照らす多くの星々も、お喋りな友だちも大好きで、今の生活に不自由は何一つなかった。
そう、何一つ。
ただ彼は、”自由”ではない。
彼には”足”がなかった。
自分で立って歩くための足が。
別にいい。
ここにいて、不自由のない生活をしていてもいいかもしれない。
ロボットにはそれを享受できるだけの環境があった。
自然の恵みが、生命に溢れた豊かな大地が。
気がつけば自らの足で歩いているモノたちをみて、ロボットは自由になりたいと思うようになっていった。
日のいずるその先を見てみたい。
虹の端に行ってみたい。
星々に手が届くという塔に登りたい。
だが、どうすれば歩けるのかわからない。
身体をもっと揺すってみた。
声を出そうと、振りしぼる。
でも歩けるようにはならない。
自由はどうも、遠すぎるように思える。
長い年月を経て、ロボットは自分が本当は歩きたくないのではないかと思い始めた。
身体は全然揺すれない。
声はいくら張っても出やしない。
どうすれば。
どうすれば。
ロボットは考えた。
考えて考えて、導き出した答え。
10本先、誰の手を借りてでも年内に行ききる。
左横に生えた木々の、10本目。
夢みたものとは、比べ物にならないほどちっぽけな目標かもしれない。
ロボットはまだ、身体の動かし方すら知らない。
でも、関係ない。
もうロボットは、環境に甘えて生きていたくなかった。
彼には、やらなければいけないことはない。
ロボットなのに、プログラミングされていることはなく、ロボットなのに、用途は見当たらない。
やらなければいけないことがないのだから、やりたいことをやる。
この世で一番贅沢な悩みにロボットは、くきききき、と笑って、日の出をみた。
9月15日。
それが彼の、一歩目。
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