夢を持つのに憧れる物語

「ぼくも夢を見つけられただろうか」

 

ぼくには強い夢がない。

ミュージシャンとか、サッカー選手とか、美容師とか、ケーキ屋とか。

小学校の卒業式で、一人一人が将来の夢、なりたい職業を語る横で、ぼくは何も思いつかなくて、ただ無言で立ち尽くしていた。

 

特別なことなんて、何もない。

何でもそこそこできたからこそ、特別やりたいことは見つからなかった。

20歳を超えると、いよいよ現実が迫ってきて、ハリボテの夢や目標を掲げて、就職活動に勤しんだけれど、考えれば考えるほど余計にじぶん自身についてわからなくなっていく。

エントリーシートや面接で、夢についてきかれることが増えた。

やりたいことはなんですか、ときかれるたびに、

ぼくは何がやりたいんだ?

と自問自答するけれど、答えはでない。

 

長い付き合いの友達が、小汚い黄色いランプに照らされながらビールケースの椅子に座って、小学生のころそのままの”夢”を語っていた。

恥ずかしそうにビールを煽りつつも、その目には強い光があった。

挑戦するその姿をみて、焦がれるほどの憧憬をする。

ぼくが諦めてしまったもの……、ですらない。

最初からぼくが持っていなかったもの。

すべてを犠牲にしてもいいというその覚悟。

それだけじぶんにとって魅力的な夢。

 

「夢に夢を持ちすぎだよ。まあ隣の家の芝は、誰にとっても青いんだろうね。おれにとっては、何でも着実にこなす君が羨ましかった。周りをきちんと見えていて、一番正解に近い選択肢を選べる。決してブレることなく、不安定さがまったくなかった」

時刻は22時を回っていて、ぼくらはほどよく酔っていた。

無限ビール、ほんとすごいなと思いながら、ぼくもジョッキを飲み干す。

「そうなのかな」

「うん、だって夢って呪いみたいなもんだぜ。夢を持ってるってことは、いつも手放すっていう選択肢が頭をよぎるんだ。色んなタイミングで、運命はいつも夢を捨てろと迫ってくる。でも後悔するってわかってるから、いつまでも捨てられずに、ずるずると引きずっちゃうんだ」

「たしかにそれはしんどそうだね」

「間違いない。夢って、ずっと強烈な片思いしてるときの気持ちなんだよ。報われるかもわからず、その子に振られたかもわからないまま、ずっと追いかけ続けて、好きですって言わなきゃいけない。でもいつ返事をしてくれるかもわからないから、気が狂いそうになるんだ」

「そっか」

ビールおかわり二つください、と彼の野太い声が店内に響く。

でもさ、わかってるのだろうか。

君の顔、すっごい嬉しそうなこと。

夢を語るその表情は、生き生きとしていて、とうてい”呪い”のようには見えやしない。

ぼくはそのことに、歯痒さと同時に憧れを抱いた。

あぁ、いいなぁと思う。

でもその憧れが、ただの羨望ではないことをぼくはじぶん自身で理解していた。

夢を追う彼が、近しい人にだけ見せてくれる迷いや弱さを知っているから。

 

心が震える。

武者震いにも似たその現象は、嫌いではなかった。

心が震える。

ぼくはずっと、じぶん自身には何の夢もないのだと思っていた。

夢を抱くほどの強い気持ちがなくて、どこか冷たくて、何にもなれないのだと、そう思っていた。

「今日はありがとな、なんか、ちゃんと話せてよかった」

「ぼくはやっぱり、君の夢、いいなって思うよ」

ビールが運ばれてきて、テーブルがどんと揺れた。

「ひひっ。ありがと」

ぼくは少し迷ってから、生ビールのジョッキを空に掲げた。

「夢に、乾杯」

「なんだそれ恥ずかしすぎる」

「おい」

夢を持ってくれてありがとう。

ぼくも夢ができたよ。

いや、最初からずっと持っていたのかもしれない。

ただそれが、”そう”だと気づかなかっただけ。

全力で、一緒に夢をみる。

それがぼくの夢だと言ったら、君は笑うだろうか?

 

 

 

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