無様な姫の物語

姫はひどく無様だった。

身に纏う衣装はどの国々の王子や王女よりもみすぼらしい。

住まう宮殿は犬小屋と見まがうほど小さく、国民の方がよっぽど立派な家に住んでいた。

水油を塗らせてもらえない髪は艶やかとは言い難く、匂い立つお香の香りもない。

姫がなぜ、そんな暮らしをしているのか、その理由を知るものはいなかった。

誰も興味を持っていないのだ。

彼女がなぜ姫なのか、その意味を問うことすら、無意味であった。

彼女は無様な姫。

姫を姫たらしめるたった一つの要素。

それは彼女が”自分は姫である”と固く決めていること。

それだけであった。

 

「誰だって傷つくのはイヤよね。そうそう、これも独り言。だって私しかいないし。知ってるよ、私が無様だって。誰も私のこと、”無様な姫”とすら呼んでくれない。そんなところも無様かな」

姫はふかふかの藁の上で、仰向けになったりうつ伏せになったり、とにかくゴロゴロしていた。

文字通り、ゴロゴロ、ゴロゴロ。

「現実にはさ、孤独な姫のしゃべり相手になってくれる小鳥さんたちも、突如現れる王子様も、同じ孤独を共有するみすぼらしい少年でさえ、来てはくれないんだよね、うん。あーあ、私もガッキーみたいに可愛かったら違ったのかなぁ」

がばっと起き上がった姫は、タライにたっぷりとたまった水をのぞき込んで、にっこりと笑ってみる。

「笑顔は悪くないね。及第点かな。でももう少し目が大きくて、おでこが広すぎなくて、それにそれに……、いやキリないな! やーめたっ。ほんとこの部屋でずっと引きこもってたら物語進まないから、どうにかしないとなぁ。……でも出かけるのもめんどくさいなぁ。とりあえずネトフリみるか~」

姫は依然として、ゴロゴロ、ゴロゴロ。

かと思ったら、もう一度勢いよく起き上がり、こちらに向かってきた。

「あ、そういえばライブ配信ずっとつけっぱだったんだっけ。視聴者数は、っと、一人、一人かぁ。お、何々、スパチャじゃん、ありがとーーー、えぇっと、りん? あー、隣国の兵団長さん、スパチャ1000ゴールド、わ、兵団長さんこんにちはー。投げ銭ありがとうございまぁす! コメントが、姫様、この配信はどういう世界観なんですか笑、うーん、私もわからない、わら。私はさ、傷つきたくないだけなんだよ。それ以外には何もいらない。いや、欲を言えばもちろん欲しいんだけどさ、傷ついてしまうくらいなら、すべてを手放してしまいたいなって」

隣国の兵団長:[でも姫様は誹謗中傷されても気にしなさそう]

「あんたばかぁ? てかシンジくん? いや違うかぁ。……ほんとさ、勘違いしてもらったら困るよね。誰かに悪口言われて気にしない人がいると思ってるんだとしたらおめでたい頭だよほんと。お祝いしたいくらいおめでたい。いややっぱり燃やしたい。無様無様と笑うのは勝手だけどさぁ、そんなの気にしないフリだってできるけどさ。誇り高く在るフリだってできるんだよ、自分が姫であると、姫が何なのかもわからずに、強く想い続けて成ることだってできる。うーん、混乱してきた。つまり何が言いたいかっていうと、私は私なわけ。誰かに好き勝手面白がって”私”を決めてもらうなんて、絶対に許さない」

隣国の兵団長:[ではなぜ配信をされているんですか?]

「そんなの一言で説明できたらこんな長々と話してないよ! でも気高き姫として言わせてもらうと……、やっぱり、下々の生活を見てみたかったからかな。下々というか、自分の想像の及ばないことをしている人たち。見える表面の、その裏をめくってみたかったの。その一つが、配信だった。でももちろんそれだけが理由じゃなくて、たぶんこうやって、誰かが見てくれているかもしれないという予感の中で、一人でお喋りがしたかったのかもね。世界観なんてないよ。どうでもいい。でも私は、ずっとお姫様になりたかった。ただそれだけ」

姫は一度大きく深呼吸をすると、寝ぐせを整えて、真剣なまなざしでこちらを見た。

「ありがとね、みてくれて。私を見つけてくれて。たった一人でも、これを読んでくれてうれしいよ。あれ、なんで読むって言ったんだろ、配信なんだから”みる”なのに。私さ、好きな作家の言葉だったかなぁ、それがさ、”物語は書き上げるまでが作品ではありません。読まれて初めて、完成するのです”って言ってて、なんだかすごく嬉しかったんだよね。だから、心ない言葉の矢が私の心臓をいつか貫いてしまうって、不安で、怖くて仕方がないけれど、こうやって配信、できたよ。ありがとう、名前もわからないあなた。これからも配信していくと思うけど、コメントとかくれたらすっごく嬉しいです。じゃあ、またね」

画面が真っ黒になる。

配信が終了しました の文字が浮かんで、静かに消えていった。

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