小学2年生がアリを潰さない物語

「え、私? 女子高生だよ、お姉さんってこと。かなだよ」

ゆうたくんには知らないことがいっぱいある。

 

はーあ、ぼくはまた会えるのかな。

あんなに泣いていたセミさんたちは、もういない。

お母さんが言っていた、セミさんたちは”好き”を叫んで、一週間で死んでしまうのだと。

悲しいな。

地面に落ちているセミさんは、ゆっくり眠れているだろうか

もうプールの気持ちいい時間が終わって、これから冬になる。

そうするとアリさんたちもいなくなる。

一生懸命に歩いているアリさんは、靴でふんでも死なない。

ぼくと違ってプールが苦手なアリさんは、溺れてしまうけどね。

そういえば二つ上の、四年生の男の子たちが、アリさんをもぎっているところをみた。

上半分と下半分と触覚の三つにわけて、それでもなお動いているアリさんを興味深そうにねじる。

笑いながらやっている、そんなお兄さんたちをみて、ぼくはぞわぁってしたのは休み時間。

そのぞわぁっ、を手のひらに感じたまま、みーくんと歩くのがイヤだったから一人家に帰っていたら、ぼくらの公園のベンチで、ガリガリくんソーダ味を手に持ったお姉さんがいた。

ベンチに座ったまま、地面にアイスを食べさせるみたいにサカサマに棒を持って、ぽたぽたと汁がたれている。

「こんにちは、何年生?」

「え、私?」

「うん」

「高校2年生」

「ぼくも2年生」

「あなたは小学生、私は女子高生だよ」

「違うの?」

「うん、君は少年で、私はお姉さんってこと」

「ぼくはゆうただよ」

「私はかなだよ」

「なにしてるの?」

「アリんこにおやつあげてるの。ほら、うじゃうじゃいるでしょ?」

ぼくはちょうどアリでぞわぁってしていて、あまりみたくなかった。だからみなかった。

「なんでおやつあげてるの? じぶんで食べればいいのに」

「みるのが好きなの。アリって、美しくもがくから。私も美しく在りたいな、って」

何を言っているのか、ぼくにはさっぱりわからない。

かなちゃんは何かに気づいたようにこっちをみて、ぼくがお菓子をねだったときのお母さんみたいに、ほほえむ。

「んー、なんだろ。……アリはきれいなんだぁ」

たんぽぽの綿毛みたいに、ふわぁっと、優しい言葉。

いいなぁ。

なんだか言葉がみつからないけど、いいなぁ。

胸の中がお風呂のあったかいお湯でいっぱいになるみたいな、じんじんとした気持ち。

いいなぁ。

なんだかとってもあったかいのは、かなちゃんの顔とか、声とかが、さっきとは違って、少しトクベツなものになったから。

「かなちゃんの方がきれいだよ」

「ほんと? ゆうたくんは優しいね、ありがとう」

「アリさんは傷つけない方がいいよね?」

「……そうだなぁ、私は無闇に誰かを傷つけたくないな。うん、……色んな人を勝手に傷つけたくない」

「わかった。かなちゃん、ありがとう。じゃあね」

ぼくはおうちへと帰る。

手の中にあったぞわぁっ、は消えていた。

まだ上手じゃないスキップをしながら。

今日家帰ったらみーくんと遊ぼう、とぼくは思った。

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