コウは大学のゼミが一緒だった友人と四人、居酒屋からの2軒目、カラオケにきていたのだが、ノリノリの音楽とは正反対に、気持ちが乗らない理由があった。
そもそも、久しぶりに会おうと言い出したのは誰だったか、コウは覚えてはない。
けれど、最終的に集まることになったメンバーの中に、大学時代付き合っていた元カノがいることを知って、少なからず動揺を覚えていた。
というか、おれが参加するのを知っていて普通くるか?
とコウは思った。
別れを切り出された原因の一つには遠距離があって、だからこそ別れるときは電話だけ。
今までの人生で一番愛を強く知って、心が音をかき鳴らすしんどい恋をしたのは、間違いなくあの時だと、コウにはわかりきっていた。
だからこそ、もう二度と会うことはないと思っていた。
空港で、またねと抱きしめたその感触も忘れて、でも彼女がどんな時にどんな風にして笑うのかだけは鮮明に、いつまででも覚えている。
誰よりもじぶんは幸せなのだと、切り取られた1分の中で何度も思った。
彼女との未来を想像し、おじいちゃんやおばあちゃんになったとしても、こうして二人、ささやかなことで笑い合って、重なり合うしわくちゃの手と手を頭に浮かべながら、ただひたすらに満ち足りた気持ちでいた。
そんな日々。
二人で過ごした思い出。
そんな記憶は、消したはずだった。
心の奥底にしまいこんで、暖かな夜に飲み込まれて隠れていた幸せのかけらが出てこないように、必死にふたをして。
なのにどうして。
どうしてあなたは、今ぼくの目の前にいるの?
夕方6時、待ち合わせ場所でコウともう一人の男が待っていたら、彼女はもう一人の女の子と一緒に時間ぴったりにきた。
久しぶり
彼女はか細い声でそう言う。
それともかぼそいと思ったのは、コウの心臓の音が大きすぎたからだろうか。
一瞬だけ、心臓がぐわぁっとゆがむ感覚にコウは襲われた。
ただ、他愛もない話をしだすと、驚くほど口はよく動き、心は平坦になっていった。
四人で居酒屋にいって、近況や最近あったくだらない出来事、ゼミの級友の話などで盛り上がる。
カラオケに行こうと言い出したのは、コウと彼女以外。
コウは流れのままにいくつもりだったし、元カノである彼女はさすがに帰るだろうと思った。
だがその予想とは裏腹に、彼女はずいぶんと乗り気だった。
女の子二人で盛り上がって、前方を歩き出す。
「まじか」
弾む二人のヒールの音をききながら、コウは思わず呟いていた。
「んね」
訳知り顔で隣の連れが小さく頷く。
ね、じゃねーよ。
とコウは毒づきたくなるのを抑えて、横を向いた彼女のその顔をみた。
笑っている。
赤になった信号の手前で、笑いながら話している彼女の横顔が車のヘッドライトに一瞬照らされて。
ずっと見たかった顔だ。
とコウは思った。
ずっと会いたかった子だ。
会って抱きしめて、好きと目をみて言いたかった。
そんな子だ。
そんな子だった。
カラオケにいくと、みんな思い思いの歌を歌った。
コウも負けじと、声量にものを言わせて歌いきる。
2周、3周としたあたりだろうか。
一緒に歌おうよ。
彼女はそう言って、コウにマイクを渡した。
おん。
そう返事したかは、今となっては定かではない。
別の人の彼女になったよ
今度はあなたみたいに 一緒にフェスで……
……
だからもう 会いたいや ごめんね
だからもう 会いたいな ずるいね
あなたも 早くなってね 別の人の彼氏に
私が電話を……
彼女がコウたちよりずっと年上の彼氏と付き合い始めたことを、コウは友だちづてで何となくきいていた。
もうきっと会うことはないだろうと思っていた彼女と、複数人ではあるけれど、会うことになって、不安で仕方がなかった。
もし乗り越えられなかった幾度もの夜を再び味わえば、心はもう保たないだろうとコウはわかっていたのだ。
彼女がなぜ、いや。
元カノがなぜ、あの歌を歌ったのか。
一緒に歌わせたのか。
コウにはわからなかった。
それは彼が、彼女をどれほど愛していたのか、その心を思い起こせない気持ちと、似ていた。
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