ドライブしない? ってラインするのが、いつもの誘い文句だった。
彼女とは高校のころからの友だちで、大学生になってからはよく二人で夜の散歩をするような仲。
ぼくが運転免許をとって、カーシェアでよく車を借りるようになってから、彼女や他の友人も交えてドライブすることが多くなった。
複数人で遊ぶかたわら、みんなにはあえて言わず二人で出かけるのが、いわばちょっとした秘密みたいでドキドキしたのを今でも覚えている。
お台場も羽田空港も、都内のドライブスポットを行き尽くしたぼくらは、夜の公園にまで手を伸ばしていて、その中の一つが葛西臨海公園だった。
葛西臨海公園は広くて、暗くて、人が多すぎなくて、駐車場代が安い。
「暗いなぁ」
彼女は少し肌寒そうに身体を縮こませた。
秋口の気温の下がってきた夜の日、決めすぎない黒のワンピース姿は、少し薄着にも見える。
「夏もようやく終わったねー」
ぼくは夏のうだるような暑さが大嫌いだった。
そして彼女もまた、暑いのを苦手とする人間だ。
「ほんとそれ、汗かかないのがこんなに嬉しいとはぁ、っくしょい!!」
「ブレスユー」
「外国人ぶるな」
「髪の毛ちゃんと乾かさなかったからじゃないの? 服貸そうか?」
彼女の髪は長くて、乾かすのに30分はかかるらしい。
真っ暗な観覧車と、土の湿った匂い。
何かがいそうな不気味な池の橋を渡って、奥へと進んでいく。
「わ!!!」
「なんだよもぉー」
彼女は気だるげだ。
この橋を渡るとき、ぼくはいつも叫ぶことにしていた。
相変わらずびびらないなぁ。
複数人で心霊スポットに行ったり、肝試しをしたりしても、彼女だけは平常のままでいる。
怯えてくれないから、いつもつまらない。
森のようなところをしばらく歩いていくと、一気に視界が開けて、広い道に出た。
街頭は明るく、空は広い。
川なのか、海なのか、水辺が近くにあって、平なテトラポッドみたいなのがたくさん置いてある。
ぼくらは水辺に沿ってそこを歩きながら、他愛もない話を続けた。
子どもの目線に立って話ができない人はくだらないだとか、
ガッキーくらい綺麗だったら人生は楽しいに違いないだとか、
数えきれないほどの些細な話をしながら、ぼくらは歩いていた。
ぼくは彼女の特別にはなれない。
彼女はぼくにとって、特別な人。
しばらく歩いていると、大きな建物を見つけた。
ガラス張りで、中はあかりがついているようにも、まったくついてないようにも見える。
ぼくらは日中に葛西臨海公園にきたことはなかったので、今じぶんたちがどこにいるのかも、この建物が何なのかも、まったく想像がつかなかった。
「お土産やさんかな、トイレとかあるかな」
「どうだろうね。人はいなそうだけど」
「まあ、もう深夜だしね」
彼女はガラス張りの扉に手をかけて、がたがた、と少し揺らす。
「やっぱり鍵しまってるや」
「え、トイレないのかぁ」
ぼくも同じように扉に触れて、開けようと試みた。
その瞬間、
ふわぁーーん!!! ふわぁーーん!!!
とけたたましく警報が鳴り響いて、ぼくらはその場で20cm飛び跳ねた。
「やばいやばい!」
「やばいやばい!」
音は止む気配がなく、今にでも警察か何かがやってくるのではないかという不安に駆られたぼくらは、目を見合わせるとすぐ、全速力で走り出していた。
警報が鳴り止んだのか、それとも音が聞こえなくなる場所まできたのか、テトラポッドみたいに足場の悪いところを走り続けて、ぼくらが一息ついたのはたぶん、10分後くらい。
「はぁ、はぁ、はぁ。ちょっと、何あれ。警報鳴ったよね?」
「やばいな、これ通報されたかな捕まるかな?」
耳をそばだてて、騒ぎになっていないかを確かめようとする。
どっくん、どっくん、と心臓の音が耳の近くで聞こえているようにすら感じた。
「……何も聞こえない。問題にはなってなさそうだね」
ようやく、肩の強ばりがとれた。
ぼくと彼女の目が合って、ニヤリと、多分お互い同じ表情をしていたことだろう。
「ふははっ、面白かったぁ!」
ぼん、と彼女が肩をぶつけてきて、ぼくの方を軽く睨んだ。
「なんかあったら私はお前を売るよ」
「うん、おれも」
ぽぉん、と再び彼女の肩がぶつかってきて、ぼくらは二人して声をあげて笑った。
「今度はどこドライブする?」
「葛西臨海公園以外で」
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