「私はさ,”私たちの秘密“を守りたかったんだぁ」
「私たちの、秘密、ですか」
「そう、秘密秘密、私と鈴だけの、ちっぽけな秘密」
「嬉しそうで、悲しそうな表情。……笑ってるのですか?」
「わかんない。自虐の笑いかなー。鈴に対して、”こんな田舎の冴えない女子高生”って言ったとき、私は多分、私自身のことを言ってたんだ。ベル、さいっこうー! って思ってて、それはもちろん鈴のことではあったんだけど、と同時に私のことでもあった。ベルは、秘密を持つことを肯定してくれる存在。秘密があるからこそ、彼女はより一層輝いていたと、そう思ってた」
「ひろさんのAsの名前、eroh、でしたよね」
「うん、それがどうしたんですか?」
「不思議ですよね。Uでは何者にでもなれる。人生をまるっきりやり直せることのできる場所なのに、あなたは結局、名前を残している。Hiroをheroにして、順番を入れ替えました」
「どうなんだろう。私にとってのUは、自分にとっての正しさを証明する場所だったのかもしれない。その正しさのためには、私は私じゃなきゃいけなかった。だから、外見とか、姿形はまるっきり変わろうとも、名前だけは一文字も変わってほしくなかったのかも」
「そうですか。正しさ、自分にとっての正しさですか。数式とは違って、それはなかなか難しそうな問題ですね」
「すぅー。はぁああ。……わたし、私の秘密は、Uの世界の外側にあった。そしてその秘密は、決してアンベイルされてはいけないもの。ベルの抱えた秘密があの世界で大きくなればなるほど、そして見当違いなことを周りが言えば言うほど、現実世界の私は、ベルと自身を重ねるようになってったんだ。だから、あのイケメンが許せなかった。鈴には無理だと思った。それは私ができなかったこと。やろうとすら考えなかったこと。……すごいなぁと思った。ずるいなと思った。鈴には身近に聴いてくれる存在がいて、……、いや、これはひがみだ。弱いですね、私。いつも偉そうなことばっかり言ってるのに、…………。すんっ、うぅ……。すっすっ、ぅん」
「ひろさん、話してくれてありがとう」
「ひっく。……先生に話したんじゃないです、独り言。だから、もう何もきかないでね」
「はい、大丈夫ですよ」
「先生……?」
「はい」
「好きです」
「はい、私もひろさんのことが好きです」
「ちがーう!! そういうことじゃなくてっ」
「ひろさんの真っ直ぐなところ、友達想いなところ、自分の感情を正しく理解しようと努めるところ。すべて、とても素敵だと思いますよ」
「もう、うまいですね、はぐらかすの」
「数学者こそ、答えのない問いを考え続けるものなのです。答えのあるものを知っているからこそ、そこには価値があるのだと思います」
「先生理屈っぽいですね」
「それもまた、数学者の宿命なのです」
「ふふっ。何それ意味わかんない」
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