夜が夜なら

思考が定まらない。

エモい言葉を綴りたいという浅はかな考えだけが、ぐるぐる、ぐるぐる。

 

夜寝る前でもなく、たぶん21時ぐらいの中途半端な夜の時間に、ふと不思議な感覚に襲われることが多々ある。

「あれ、今って二千何年の何月で、ここはどこで、ぼくは誰だ?」って

そこまで明確に思っているわけではないのだけれど、それと同じような、唐突な不在感。

とりあえず混乱しちゃうから、Youtubeみて、インスタみて、動画を適当に流し始める。

なにこれ。

なにしてんの。

暗い気持ちではなかった。

でもシンプルに、単純に、自分が今どうやって生きて何してるのかがわからなくなる。

止まってしまう、留まってしまう思考を無理やり動かすために一人、文章を打とうとする。

でもできない。

パソコンの前で毎日一時間、睨めっこ。

何も言葉が出てこない。

何を書きたいのかもわからなかった。

 

「なんのために生きてるのか」

それをよく考える。

答えはもう決まっていて、

ぼくは自信を持って面白がりたいから、息してる、生きてる。

 

自信を持つためには継続が必要だと思っているのだけれど、残念ながら今現在、ぼくが続けていることは一つもない。

人生を面白がるためにやっていることといえば、文章を書くということ。

文章を書けば、生きてるすべての体験がネタになるから、だからどんな状態の人生もどんなことが起こっても、儲けもんだと思えるのだ。

だから本当は、毎日継続して文章を書き続けることができれば、自信を持って面白がれていることになるのでモウマンタイなのだけれど、それだけでぼくの人生は一丁上がりのはずなのだけれど、これが存外に難しい。

 

こうやって文章を書いていると、それを読んでくれる友人たちから色々な反応をもらうことがある。

あえて否定的なことを言ってくる友人はいないので、その多くの意見は肯定的なものだ。

ただ、時たまバカにしたような物言いをしてくる人がいる。

バカにしたような、と感じるのはきっと、誰よりも僕が僕のことをダサいと思っているからかもしれなかった。

 

「独りよがりな文章になってしまっていないか」

と。

思えば思うほど、何も書けなくなって、足が止まって、夜が夜のまま終わってしまう。

やれもしない約束を自分に負って、守れなかった自分に幻滅するのはもう嫌だ。

 

とりあえず、文章は書けた。

この一ヶ月できてなかったことができた。

やっぱり楽しい。

感情や思いを全部観測していって、丁寧に言葉にする他、道はないのかもしれない。

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