大人に憧れる少女たちの物語

「わたしさ、早く大人になりたい」

「わかる、まじお母さんだるいわ」

「ゆきこちゃん、たぶんカナカナが言いたかったのは、もう少し深い意味なのでは?」

注意する私を無視して、ゆきこちゃんはニヤリと笑う。

はー、カナカナの話っていつも唐突だけど可愛いから許せちゃう。

サイゼリヤ、3人、女子高生。

可愛い系、ギャル系、そして真面目系の私。

不思議な組み合わせだって?

そんなの私が一番、わかってる。

まるでスクールカーストの縮図みたいに他人には映っているかもしれないけれど、令和のJKは多様性を重んじるんだ。

とかなんとか、適当なことを言ってみる。

多分、こんなこと気にしてるのは私だけで、ゆきこちゃんもカナカナも何も思っていない。

勝手にラベルを貼って、勝手に卑屈になったり、傲慢になったりする私みたいな人たちが、一番しょうもないんだろうな。

ニヤニヤとこっちをみるゆきこちゃんは、相変わらず軽い。たぶん、羽毛の羽よりもよっぽど。

「いんちょー、相変わらず真面目だなぁ。でもそのメガネ、伊達なんでしょ?」

「ぅっ、違います!! ブルーライトカットメガネだから、伊達じゃないもん」

メガネは私のアイデンティティ。

「はいはい、キャラを保つのも大変だねぇ」

「そういうゆきこちゃんも、みっじかいスカート履いて茶髪でネイルぎらぎらなんだったら、期末のクラス順位で1位とるのやめてくれる?!」

「あー、ギャルは頭悪いってバイアスよくないぞ。あたしはあたしらしい格好するために必死にこの進学校入ったんだからさ、成績良ければ親も先生もなーんも言えないしね、そのための努力は当然でしょ〜」

「わたしは!!!」

バンっ、とテーブルを叩いて、カナカナが立ち上がった。

お世辞抜きで(というか本人に言ったことないけど)、クラスでたぶん、一番顔が可愛い女の子。

「早く大人になりたいのーーー!!!」

でも一番気性が荒くて、誰よりも頑固。

そんな彼女が、私は大好きだ。

だって可愛いんだから、当然でしょ?

[名前:いんちょー 好きなワンピースのキャラ:海賊女帝ボア・ハンコック]

 

 

「おい、カナ落ち着けって! 食いわずらいか? ほら安心しなよ、あんたの大好きなアイスのせシナモンフォッカチオ期間限定で復活してるって、な、注文しといてあげるから落ち着こう、他のお客さんもいるし」

あたしが諌めると、カナはしぶしぶと言った様子で椅子に座った。

ていうか今日は試験勉強をするって話だったと思うんだけど、この様子だとノートを広げすらせずに終わりそうだな……。

ギャルなめんなよ、勉強にバイトに大忙しだぞこら。

「カナカナ、大人になりたいの?」

「うん、なりたい」

いんちょーの問いに、カナは頬を膨らませて、こくりと頷いてから、クー白ぶどう味をずぞぞと飲みほす。

あたしは肘をついて、カナをみる。

このシュシュはお気に入り、いんちょーがボソッと「可愛い」って言ってくれたのを、あたしは見逃していない。

「大人ねぇ。あたしもお母さんがいちいちうるさいから分かる気がするよ。学生の本分は学業だって言ってさ、いやだから勉強ちゃんとしてるじゃん、って言ってるんだけど、ぜんぜーん取り合ってくれない、その格好はなんだーって。お金だってあたしがバイトして稼いだものなのに」

いんちょーと目が合った。

うん、わかってるよ。

カナは自分の話をするのが苦手だ。

強い気持ちがあるにも関わらず、いつもそれを持て余して、抱え込んで、どうしようもなくなってしまう。

だから、彼女がきちんと言葉を吐き出せるように、私たちが先に自分の気持ちを出すんだ。

そうしたらカナが、私たちのための答えを、彼女自身のための答えを、見つけられるから。

いんちょーはゆっくりと深呼吸をした。意を決してカナの方を見るけど、恥ずかしがって目をそらす。

恥ずかしいならやらなきゃいいのに、この子は……。

「なんか親ってさぁ、いつまでも子供扱いしてくるよね。私のお兄ちゃん、もう25歳なんだけど、未だに親が電話で色々言ってるよ。ちゃんとご飯食べてるのかーとか、貯金はしてるのかー、とか。親がうざいと言うつもりはないよ、むしろありがたいし、気にかけてくれてるんだから。だから私は、むしろ子供のままでいいって思う時があるかもしれない。きっとこれから働く上でも、何もできない女の子のフリをしていたら、みんなが好意的に子供扱いしてくれて、きっと楽だから」

だからいんちょーは、きっと、真面目に真面目なフリをしているんだ。

まっすぐないんちょー。愚直に、彼女なりの筋を通して生きるその姿が、私は多分、少しだけ羨ましい。

[名前:ゆきこ 好きなワンピースのキャラ:海峡のジンベエ]

 

 

「カナカナはさ、どうして早く大人になりたいの?」

まっすぐとわたしの瞳を見つめてくるいんちょー。

かと思ったら、目をそらす。

二人がわたしに気を遣ってくれているのはわかっていた。

いやむしろ、わたしが赤ちゃんみたいに地団駄ふんで、構ってほしいのなんて丸わかりだ。

でも二人は、離れないでいてくれる。

この空間が居心地よかった。

上部だけで、可愛いって言ってこない。

わたしの顔をみて寄ってこないで、わたしの性格に勝手に幻滅しないでいてくれて、好きな漫画の話から流行りの韓国番組まで、お互いが好き勝手に話すこの場所が、わたしは尊い。

「わたしには何もないの。親の元で守られてて、まだわたしは、何者でもない。だから早く働いて、お金を稼いで、一人で立って歩けるようになりたい。自分一人じゃ何も決めることのできない今のわたしは、とても弱いから……」

「おおよそじぇーけーの考えることじゃないね、カナってやっぱり面白い」

「カナカナは、一人になりたいの?」

わたしは一人になりたいのか。

「いや、そんなことはない……と思う。でも、万が一一人になっても、生きていけるような力がほしい」

大人になれば、我慢なんてしなくてよくなるから。

自分が居たくない場所に居て、我慢して我慢して我慢して、その弱さややるせなさを、親や周りのせいにしてしまえる今の環境が、そう思ってしまう自分の心が嫌いだった。

「わたしは! お金を稼いで、逃げてもいい人間になるんだ!!」

「うわ!? カナ、落ち着いて、ほら、アイスのせシナモンフォッカチオがきたぞぉ、食いわずらいよおさまれぇ」

「ゆきこちゃん、それちょっと失礼だよ……」

「うがあああ!!」

溶けるバニラアイス。香るシナモンの甘さ。

ばくばくっ、とわたしは食べる。

食べる、食べる。

悔しくて、もっと食べる。

「お金があれば、気に食わない学校や会社を辞めて、引っ越して新しいところに行くことができる。お金があれば、せっまいお風呂で水を節約しながらヒモじい思いをしなくてよくなる。ほんっとに嫌な仕事は断ることができる。ストレス発散にマッサージにいける、毎週美容院にいって精神をリラックスさせることができる。お金があれば、お金があれば、きちんと自立した、誰にも頼る必要のない大人になれば、お金を稼げるようになれば……っ!」

ごくん、と飲み込んで、平らげたプレートを脇にどける。

いつのまにかいんちょーが用意してくれていた烏龍茶を飲んで、ぷはぁっ、と声が出る。

「わたしは大人になるんだ、誰よりも自由な、ほんとの大人に……!!」

「カナカナのそういうところ、私すっごく好きだぁ。きれいだね、いい顔してる。応援してるよ、どんなカナカナも」

たぶん真っ赤な顔で鼻の穴を大きくした私をみて、いんちょーはニコニコとしている。可愛い伊達メガネ、いつか勇気出してどこのやつか訊きたい。

「まあ何があったのかは知らないけど、カナはカナの自由に生きればいいと思うよ。というか、あたしもたぶん、同じ気持ち。誰もあたしを侵害させない、そんなこと許さない」

暗闇に浮かぶ、猫みたいな目をしているゆきこ。

猫というか、猫科のもっと別な生き物かな。

もっと獰猛で、秘めた思いを秘めているような。

彼女の、自由なところがすごく好きだ。

自由で、芯があって、強いところ。

「でも、ないものばかり数えていても仕方がないよ。今のあたしたちは、たしかに子供なんだから。だから、カナ。カナには、何があるの?」

ゆきこの真剣な眼差し。

いんちょーの暖かな眼差し。

「わたしは……、わたしには……、いんちょーとゆきこがいる、友だちがいるよ……!!」

「はい、よくできました」

にやりと笑って目を合わせるゆきこといんちょーに、わたしは小首をかしげる。

とりあえず2年間、高校を卒業するまでがんばろう。

[名前:カナ 好きなワンピースのキャラ:麦わらのルフィ]

 

 

 

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