未来のわたしは綺麗な色?

森の中にも日の光が届くことに、驚く

少しだけ、少しだけ。

木漏れ日は、届きそうで、ふと伸ばしたくなる手を静かに引っ込めた。

 

わたし、馬鹿みたい。

 

在りたい姿がある。

曲げられない気持ちを、曲げないための理由づくり。

湿った土の匂いみたいに、胸いっぱいに吸い込みたいのは、共感や優しさではなく、根拠のない、けれど力強い、そんな、大自然に抱きしめられたと錯覚するほどの無謀さ。

わたしは強くない。

だからこそ、じぶんの望む力強さを、唯一無二を手に入れたい。

 

わずかな日に照らされた萌黄(もえぎ)色の葉から、一滴、雫が垂れる。

16歳は、輪郭のくっきりとした年なのかもしれない。

わたしの26歳になる頃は、形をしっかりとなぞれるほどに、浮き彫りになっているだろうか。

漠然とした信念を信じ込めるほど、どうやら馬鹿ではないみたい。

 

枝の折れる音。

鳥のさえずり。

大地がぐぐっ、とお腹を鳴らしたみたいに小刻みな揺れ。

森の大きさとわたしの小ささの対比。

ちっぽけなわたし。じぶんの望むじぶんにもなれない。

小さな子ども。でも力強くて、大きくて、芯がある。

 

一面に広がる緑の色は、どうしようもなく、美しい。

 

わたしの小ささすらも見えなくなってしまうほどの、大きな自然に囲まれて。

いつ芽吹いたのかもわからない、萌黄色の双葉を見る。

その美しい色に”緑色”以外の名前があることを、前のわたしは知らなかった。

 

前のめりで、サラサラとしていて、明るくてしたたかな色。

萌黄色に憧れて。

わたしはもう一度、手を伸ばす。

 

柔らかな感覚を指先に感じて、人差し指と親指でつまむ。

つかんだ。

木漏れ日に触れたその感触は、残り続けている。

 

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