グランピングのはずが事業家説明会だった話

グランピングに行こう、と誘われたのは1月の冬真っ只中だった。

 

中学の頃からの友人は、半月に一回は会う仲で、一緒に飲みに行ったり、シーシャが好きという彼についていって吸ったり。

あまりお酒を飲まないこともあってか、彼とはどちらかの自宅でゆっくりと過ごすことが多かった。

ぼくらの共通点はあまり多くはなかったけれど、ホテルや旅館に泊まるのが好き、というのが一致していて、友だちでは唯一と言っていいかもしれない、ふたり旅をともにする仲であった。

そんな彼から、グランピングに行こうと誘われて、二つ返事で行くと言ったのだけれど、その誘い文句にはよくわからない言葉が混じっていた。

「なんか河口湖にあるグランピングの視察ツアーに当たって、せっかくだから宿泊もしちゃおうと思って」

と話す彼からは、それ以上の詳細はなかった。

 

グランピングの視察ツアー。

いまいちピンとはこない。

まあ何でもよかった。

グランピングの施設のHPを見せてもらったけれど、サウナもあって、富士山の眺望もきれいで、なかなかよさそう。

グランピングの視察ツアーとは、もしかしたら新婚旅行のパッケージを紹介してくれるものなのかもしれない、とぼくは思った。

こういうアクティビティやレクリエーションがあって、こんなおもてなしができますよ。

みたいな。

 

それ以外に、グランピングの視察ツアーの意味を当てはめることができそうなものは、ぼくの想像力では浮かびそうにない。

きっと豪華で高価な宿泊体験パッケージだから、実際に予約する前に視察ツアーがあるのだろう。

無料で当たった、ということは、もしかしたら富士山を見ながらのエステなどのおもてなしが体験できるのかもしれない。

ぼくの心は人知れず躍った。

 

どうやらグランピングの視察ツアーと宿泊は別もので、ぼくらは11時から15時までの四時間に及ぶ視察ツアーののち、15時からチェックインをするらしい。

朝早くに新宿駅からバスに乗って、ぼくらは河口湖へと向かう。

長距離用のバスは、以前免許合宿で河口湖に向かった際は満席だったにも関わらず、今回はぼくらともう一組、20代くらいの女性二人だけしか乗っていなかった。

彼女らは富士急ハイランド駅で下車する。

降りなかったぼくらを彼女たちは怪訝な顔で見ていた。

こいつらは新宿からわざわざ富士急ハイランドに遊びに来たんじゃないのか?

という顔をして。

 

河口湖で降りたぼくらは、そこから市営バスに乗り換えて湖をぐるっと半周する手筈だったのだけれど、その前にスーパーで夜用のお酒とつまみを買うことになった。

夜ご飯は鍋だった。

おそらく部屋で食べるから、お酒はたくさん必要だろう。

ぼくらは両手で抱えきれないほどのお酒とお菓子を買い込んで、市営バスに乗った。

「富士山めっちゃきれい!」

とテンションが上がったのは最初の10分くらいで、ほどなくして慣れたぼくらはバスの中でしばし眠りについた。

終点の自然生活館で降りると、ちょうど友人のスマホに電話がかかってくる。

どうやら視察ツアーの主催者で、何時に着きそうかを聞いてきたようだった。

10時50分。

ちょうど11時に着きそうだ。

「もしかしたら、俺ら以外誰もいないのかもしれないね」

友人はそう言った。

旅の道中で、どうやらこの視察ツアーというのは、グランピング施設の運用マニュアルのようなものを申し込んだ人が抽選で当たるものらしいということを知った。

なんか友人はそのような話をしていたけれど、あまりよくわからなかった。

そういえば彼は今の業界から転職してホテル業界にこれから入るのだった。

そして、いずれは自分のホテルや滞在型の施設を作りたい、と話していたのを思い出した。

 

がらがら、とスライド式の扉をあけると、そこにはスーツを着た若い男性が二人と、畳一畳分びっしりとスリッパが置かれている。

友人が名前を述べると、仰々しく名刺を渡してきた。

は?

嫌な予感がする。

いや、嫌な予感というのは言い過ぎだ。

嫌というわけではなく、ただ、自分の予想していたものとは大きく違う”グランピングの視察ツアー”に足を踏み入れてしまったのだと、自らの準備不足を少々悔いていたくらい。

部屋は高校の教室よりもひと回り以上小さかった。

左手にコの字型のソファというか、椅子が置いてあって、プロジェクターも目の前にある。

名刺を切らしておりまして、すみません、と挨拶をしたのち、ぼくらはプロジェクターの目の前、ど真ん中の席に座った。

混乱していたので、ぼくはとりあえず一番目立つ席の、一番気持ちいい場所に座ろうと思ったのである。

大きなリュックを背負ったぼくらは、両手にスーパーの袋を抱え、そこからはキリン一番搾りと、コンソメポテトチップスが透けて見えていた。

ぼくは頭を抱えた。

完全にピクニック気分なぼくらだったけれど、どうやらこの仰々しい場所は、そんなスポンジケーキもびっくりの浮ついた心を、許してくれそうにない。

 

どうやら11時が開場の時間で、視察ツアーの始まりは11時半からだったようで、ぼくは手渡された資料を見ながら、徐々に現状を把握していっていた。

やはりというか、もうすでにオチはわかっていると思うけれど、グランピングの視察ツアーとは、“事業としてグランピングを始める事業家を集め、ざっくりとした事業計画を説明したのち、実際のグランピング施設を見学してイメージを持ってもらう”ためのツアーに他ならなかったのだ……!

11時を過ぎたころから続々と人が入ってきて、部屋は20人くらいのおじさまたちで埋め尽くされた。

みな、今のビジネスからグランピングという新たなビジネスを始めるために、広島や愛知から遠路遥々やってきて、話を聞こうと集まった人々だったのである。

友人も自らが迷い込んだ森の深さに気付いたのか、心なし拳に力が入っている。

おそらく、こんな本格的なものだとは予想していなかったのだろう。

もっとお気軽で、お気楽なものだと思っていたのかもしれない。

とてつもない場違い感を覚えながら、ぼくは負けるまいと歯を食いしばって、スーパーの袋を足とコートで隠して、パソコンを取り出した。

まず、テントやキャビン、土地の工事などを含めて、最初に1億円かかる、でも2年でペイできる、という話を聞きながら、その規模感に頭をくらくらとさせながら、おれは若手事業家、グランピングは新たなビジネスチャンス、と胸の内で唱えて、パソコンをカタカタッターンッ。

楽しくなってきた。

ここまできたら最後までイキり倒そうと、ぼくはプロジェクターの真前、ど真ん中に座った席で、背筋をぴんと伸ばした。

的確な質問をたくさん考えて、鋭くて知性に溢れた、お金の有り余ってる若手実業家を演じてみせよう。

「はい、ということで、これから実際にみなさんをグランピング施設にご案内しまーす。……あれ、その袋って、もしかして今日の宿泊の夜食ですか?笑」

「あ、は、はひぃぃいい。近くにコンビニもないので、買い込んじゃいまひたっ!」

「(苦笑) そしたらお預かりしておきましょうか? 視察には邪魔でしょう」

「ありが、ありがとうございます! 助かります(涙目)」

 

 

-10°Cの中、サウナが冷えててプールが凍っててシーシャ吸ったのは、また別の話。

一応誤解のないよう言っておくけれど、めちゃめーちゃ楽しかった。

 

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