「りんごって、めっちゃエッチじゃない?」
あきちゃんの長い髪の毛からは、とれたてのりんごの香りがする。
「え、それめちゃめちゃキモいから私以外に言わない方がいいよ? てか私にも言わない方がいいよ?」
こちらを絶対零度の眼差しで見つめるあきちゃん。
絶世の美女、幼なじみ、家が隣。
可愛いなぁ。
ごごごん、ごごごん! と田園都市線の電車が揺られる中、ぼくらは二人で椅子に座っている。
彼女の肩とぼくの肩が触れて、少しだけどきっとする。
少しだけ、少しだけ。
「いやぁ、だってすっごく赤くて、ツヤツヤしてて、食べると賢くなって、しゃなりって音がするじゃあん。これはエッチだよ、うん大興奮。みんな食べたくなっちゃうね」
触れ合ってた肩が離れたのを感じて、ぼくは横を見た。
あきちゃんは可哀想な捨て犬を見るみたいな表情を浮かべて、通学カバンをぎゅっと胸に抱いている。
可愛い。
「ほんっ____とうに学校でそんなこと言うのやめてね。さすがにキモいわキモすぎる。私も擁護できないレベル」
「えー、そうかなぁ」
「たろうはなんでそのまま内部の高校いかなかったの?」
「共学って、エッチの結晶じゃない? 男子校よりも優秀な人がたくさんいると思うんだ」
あきちゃんと同じ高校に行きたかったのは内緒だ。
あきちゃんはわざとらしく額に手をつけて、天を仰いだ。
そんなことする人、ドラマ以外でいたんだ、とぼくも驚き。
「たろうさ、何でもかんでもその、……ぇっち、って言えばいいと思ってるでしょそうなんでしょ」
「いやぁ、ぼくにも見境はあるよ。ほら、Fカップとかはエッチじゃないと思うよ」
「何それ、どこからその話が出てきたのよ」
「FカップのFはFightのFだから。エッチとは程遠い」
「もういいから黙ってもらっていい?」
あきちゃんはもう僕と話したくないのか、スマホをいじりだす。
可愛いけど寂しい。
「たろうってさ、ほんと頭悪いのによくこの高校入れたよね」
「頭悪くはないでしょ」
「いや、そうだね。頭悪い以前の問題だわ、デリカシーなさすぎる」
「小さい頃から思ったことが口から出ちゃうんだよね、でも頭は悪くないよ」
「うーん、……やっぱり頭悪いと思う、でも失礼だねごめん。でも本当に下ネタはきついからちょっとは配慮してほしい、だってたろう私のこと好きでしょ?」
「?! なんで知ってるの、この気持ちは小学生の頃からひた隠しにしてたつもりなのに……!」
「いやいやいや」
あきちゃんは暑いのか、顔を赤くして、少し呆れた顔で僕の方をみている。
あ、りんごみたい、可愛い。
「たろうさ、漏れてるからね、基本心の声ぜんぶ。可愛いって言ってくれるのは嬉しくないわけじゃないけど恥ずかしいし、しかもりんごみたいってさっきエッチって言ってたよねそういう目でみてるの?」
「いや……! そういう目ってどういう目かわからないけど、可愛いとは思ってるけど、好きか好きかできかれたらすごく好きだけど……っ!」
「たろう、私はあなたのことを小さいころから知ってるからまだなんとか対応できてるけど、本当に気をつけてね? いつかセクハラかモラハラか何かで訴えられそうで心配だよ……」
僕ってもしかして、ものすごく馬鹿なのか……?
ぐるぐると胸の中で心臓が回る感覚がして、苦しくなる。
少しだけ、少しだけ。
あー、あきちゃんって優しいなぁ。
彼女の優しさに、きちんと報いることのできる人間になりたいな。
やっぱり僕は、彼女のことがずっと好きだ。
変わらずぼくの名前を呼んでくれる、りんごの香りのするあきちゃんは、とっても可愛くて、顔が赤くなってるところもりんごみたいで、でもぼくのことを気遣ってくれていて……
やっぱり彼女にはエッチが宿っている。
「たろー!! 出てる出てる、心の声今もだだ漏れだって!」
ガタンと電車が揺れて、一瞬だけあきちゃんとぼくの肩が触れた。
顔をより一層真っ赤にさせたあきちゃんは、りんごを通り越して、まるでトマトみたい。
「ていうかあきちゃん、僕下ネタそんなに言ったっけ?」
「何言ってるの、ずっとエッチエッチって!!」
「? エッッチじゃなくて、エッチなんだけど」
「え、もう一回言って?」
「だから、エィッチ」
「え、もしかしてえいち?」
「うん、だからそう言ってるじゃん」
「なに、叡智ってこと?」
「そうそう、聖書でも食べてたでしょ、エッチのりんごっていうか、知恵の実というか」
「無理があるよ! 絶対エッチって言ってたよ!!」
「??」
何はともあれ、あきちゃんは今日も可愛い。
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