時間がない、と言うことが、ただの言い訳だということは、誰よりも何よりもいんちょーにはわかっていた。
そんなの言い訳だ。
自分が本当に成し遂げたいことがあるなら、時間なんていくらだって作れる。
いくら高校生で、バイトをしてて、推薦のために成績を上げなければいけないのだとしても、彼女には時間があった。
あるはずだった。
電車に乗ってる時間とか、夜コンビニにアイスを買いに行く時間とか、youtubeをみてしまう時間とか。
隙間はいくらでもある。
好きにやることはいくらでもできる。
いんちょーは学生で、やらなければいけないことはたくさんあったけれど、やりたいことだってたくさんあって、それをやれないことはないほど時間はあるはずだった。
でも、どうしても。
やっぱり、時間が足りないって、どこかで言い訳をしてしまう自分がいた。
鬱屈とした不安だった。
夜の静けさの中で、ガタンガタンと聞こえる電車の走る音が、ぼわぁんと大きなったり小さくなったりして、見たこともない、”夜遅くにがらんとした電車で吊革を掴んでぼぅっと目を濁らせたスーツのおじさん”が目に浮かんで、悔しくて涙が出そうになる。
何が悔しいのかはわからなかった。
ただ、ステレオタイプな苦しみがいんちょーを傷つけて、電車の音に泣きそうになるのだった。
何かをしなければ。
いんちょーは、作家になりたい。
大好きな人たちが、自分の心の中で飛び跳ねて楽しげにしている様を、色んな人たちに見せたかった。
魅せられていた。
誰かを救いたい。
その傲慢を抱えて、叶えて、最後はおばあちゃんになって色んな人に看取られながら、笑顔で死にたい。
そんな死に様まで思い浮かべながら、ガタンガタン! という電車の音をききながら、浮かばない言葉を必死に探して、今日も時間がなかったと諦める。
どうやら私は、夢を叶えられそうにない。
筆が進まなくて、言い訳ばかりが奨(すす)んで、いんちょーはコンビニに行くことを決めた。
決意はしなかった。
曖昧に、(幸いに嫌悪することはなく)、夜の風と電車の音に絡め取られたいという願望にしたがって、外に出た。
一回り以上うえのおばのゆんちゃんに、会いたいとふと思う。
いんちょーにとって、彼女の殺伐とした、というか快活な、その物言いは心地よく、とてもとても好きだった。
そしてゆんちゃんは、ある意味で美しい。
そんなことを思っていた。
想っていて、重っていた。
家のドアを開けたのかも閉めたのかも忘れて、電車の音が聞こえないファミマまできて、ガリガリくんを買う。
袋をあけて、アイスにかじりつきながら、袋をコンビニに捨てておけばよかったと、少しだけ後悔。
うそ。
後悔というのは大げさだ。
「お兄さんって、運命信じますか?」
まさか自分の口からそんな言葉が飛び出るとは思ってもいなかった、というのがいんちょーの感想。
まあ飛び出たというよりかは、溢れ出た、と言う方が正しい気もする。
”彼”はとても難しい顔をしてこちらを見ている。
ゆんちゃんの彼氏。
たしかそんな感じの人。
厳密には、いや厳密に言っても言わなくてもたぶん違う。
でもゆんちゃんの話を聞いている限り、二人の間には何かしらがあるのだと、いんちょーは思っていた。
そんなそんな人が、今目の前にいる。
会ったこともないし、話したことももちろんない。
ゆんちゃんから話をきいていて、そして写真を見たことがあったから、覚えていただけ。
ちょうど考えていた、ゆんちゃんのことを。
そんなとき、彼が目の前に現れた。
言葉を大切に使うという”彼”は、もしかしたら、いんちょーの救世主になってくれるかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら。
「夜中に初対面にそんなこと言う人には近づかないようにしてるので、それじゃあ」
そう言って突然反対方向に走り出した彼を追いかけて、私は頭の中をぐるぐるとさせる。
「ちょ、ちょっと待って土井さんですよねごめんなさい怯えさせるつもりはなかったんです!!」
たしかに、”運命を信じますか?”って、あまりにも怖い言葉だったなと思いながら。
きっと、もっと、
いい言葉が見つかるに違いない、と、いんちょーは”彼”の背中を追いつつ、ガリガリくんを食べながら、思うのであった。
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