吉田くんは、今日も勇気が出せない。
吉田くんは好きなものがたくさんあった。
商店街にある、小さな小さな本屋の、怖い顔したおっちゃん店長が作っている、可愛らしい丸文字のポップも。
同じマンションの、平日7時45分に家を出た時にエレベーターでほとんど必ず会うおばあちゃんの、「いってらっしゃい」って言葉も。
放課後の部活の合間に、体育館と校舎を繋ぐところにある蛇口で吉田くんが水を飲んでると2日に1回くらい、真剣な表情で歩いているゆきこさんの顔も。
好きなものは他にもたくさんあった。
吉田くんはその好きを伝える術を知らなかった。
じぶんが大事に取っておいた”好き”を口から出してしまったら、どうなってしまうのかがわからなくて、怖かった。
だから吉田くんは、何も言わなかった。
好きだなぁ、って思いながら、休みの日に商店街の本屋のポップを見にいく。
好きだなぁ、って思いながら、なるべく朝は7時45分に家を出るようにする。
好きだなぁ、って思いながら、部活の練習を程よくサボって水を飲みにいく。
ポップの本は買わないし。
「いってらっしゃい」には会釈だけ。
ゆきこさんとは話したこともない。
ほんとは一歩、踏み出したいけど。
勇気を出すのはとってもむつかしい。
そんな吉田くんが、歩み出す物語。
これから始まる、そんな物語。
「ゆきこさん、僕、あなたのことが結婚したいくらい好きです、一緒にデートしてくれませんか」
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