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え、ここどこ
ってまなかが思ってポストの陰に隠れたのは、隣の家から出てきた幼馴染の顔が、どう見ても昨日とまるきり変わって、老けていたから。
いや、あいつだよね? だってあの家から出てきたし
と心の中で呟きつつ、彼に兄がいるという話も20代くらいの叔父がいるという話もきかないよな、と頭の中に検索をかける。
「あー、死にたい」
と死んだ魚の目をして、ぼりぼりヒゲを生やして、彼は玄関前に置いてあるミカン箱くらいの大きさの段ボール箱を片手で持って、家の中へと戻る。
手でかっ。
いや、そうじゃなくて。
あいつは一気に老けてしまったのだろうか、とまなかは思った。
それとも、私がタイムスリップをしてしまったのだろうか。
いやそんなバカな。
まなかは夏休みにやっていた金曜ロードショーで時かけを観てしまったがために、非現実的な想像をしてしまっていた。
とりあえず、自分の家の中に入ろう。
そう思って合鍵で扉を開けたところで、まなかは言葉を失った。
「いやだから、あなたは過去から未来にやってきた私なの」
「ごめん、意味わかんない」
まなかの部屋だけど少しだけ違う(置いてる本とか、インテリアとか)その場所で、まなかの顔だけど少し違う(大人っぽいというか胸がでかいというか)その人が、なんか意味のわからないことを言っている。
「ほら、時かけとか、未来のミライとか」
「みらいのみらいって何?」
「あやば、それ私が高3のときか」
「え、再来年やるの? 何それ細田守監督?」
「うん。それ映画館で観た時は微妙だなーって感じだったんだけど、20歳になってもっかい観たら面白かったよー。甥っ子が生まれたからかな。__って、そうじゃなくって!」
「なんか自分のノリツッコミみるのって結構しんどいね」
タンスの一番下のお菓子入れに入っていたポテチをあけながら、まなかは目の前の自分を見る。
「……とにかく、ここは未来だよ。私にはあるミッションがあるらしくて、それを達成するまでは帰れないんだってー」
それにしても巨乳だなー。しかもなんか大人っぽくなって可愛くなった気がする。未来のまなかは、自分の外見が好きなのだろうか、それとも嫌いなのだろうか。
きっと面倒な性格をしているから、色々とこじらせている気がする。
そうまなかは思った。
「今って大きさいくつ? 私ってのは、”わたし”ってこと? 誰からのミッション?」
「Fカップだよ。うん、そう。……わかんない」
「なんで未来の私が曖昧なの? タイムパトロールに捕まるとかそういうことじゃなさそうだけど」
「それってドラえもんじゃん。なんかね、私は体験してないから」
「は? ここって本当に未来なの? タイムパラドックスで大変なことになってない」
「大丈夫。だから、もし質問があるのなら、本当にききたいことをきいて」
自信たっぷりに、彼女はそう言い切った。
その目には茶色のカラコンが入っている。
今のまなかなら、絶対につけないカラコン。
私が大丈夫と言っているのだから、大丈夫なのだろう。と、まなかは思う。
他にも疑問点はたくさんあったし、まなかがまなかにききたいことは(くだらないことから真剣な悩みまで)星の数ほどあったけれど、本当の質問は一つだけにしておく。
一つだけにしたら、なんだか大切にできる気がして。
まなかはゆっくりと深呼吸をしながら、目を閉じる。
5年後の自分に会えた。
これが夢だとしても、忘れるのだとしても、妄想でも創作でも、なんでもいい。
20歳になったまなかに、今のまなかがききたいこと。
「あ、そうだ。このセーラー服に着替えて」
「あ、うん」
なんで?
という疑問が浮かんだけれど、質問は一つだけにするって自分の心に決めてしまったから、まなかは素直に着ることにした。
着たことのないセーラー服。
なんで未来の彼女は持っているのだろう。
……というかなんで着替えさせられているんだろう。
「おー、いいね。やっぱり私ってこういう可愛いのも似合うね」
「ありがと、自分に褒められてても悪い気はしないね」
セーラー服のネクタイを結んでもらいながら、まなかは彼女と目を合わせた。
あ、私ってこんな綺麗に笑えるんだ、って思うほどの、自信に溢れたというか、頼りがいのありそうな、いい笑顔をしてる未来のまなか。
「あった? ほんとの質問」
ききたいことは一つしかなかった。
「私はさ。私を好きでいられてる?」
にっこりと、笑うまなか。
その笑顔に、すくわれる。
世界のことよりもよっぽど、まなかはまなかのことを知りたかった。
「大好きだよ、今の私も、過去の私(あなた)も。だから大きく胸張って!」
はははと笑う彼女がまなかの腕を優しく叩くと、胸が大きく揺れる。
「ありがとう。未来の私」
窓からは、夏の終わりみたいな匂いがする。
潮と、スイカの皮と、花火の火薬の残り香。
そんな匂い。
「泣いてないよ、泣いてない」
ほんの少しだけ鼻声のまなかを遮るように、彼女はぎゅっと、抱きしめてくれる。
その体温が、未来永劫もう戻ってこないことを知っていながら、まなかはもう少しだけ、このままでいたいと願った。
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