死ぬ間際におっぱいを揉みたいと言うおじいの物語

「おじい、連れてきたよ!! これでおじいはもう苦しまずに済むんだよね?!」

病室に駆け込む少年に腕を引かれて、私はうつむいたまま、部屋へと足を踏み入れた。

ほんとにほんと?

本当にこの世に、死ぬ間際におっぱいを揉みたいという理由で私たちみたいな職業の人を病室に呼ぶ人いるの??

どんなエロジジイなのかと、私は不安で仕方がなかった。

病院のベッドで横になっているエロジジイを頭の中で想像してみる。

「おぉ、たろうや、まさかほんとに連れてきてくれるとは! 間違いなくFカップの美女だ、ありがとう神様!!」

顔をあげると、そこには想像したままのエロジジイがいた。

らんまに出てくる八宝斉をスマートにした感じ。

んー、なんでこんなことになったんだっけ。

そうだ、昨日、暇すぎて出勤したのがすべての原因だった……。

 

 

まなてぃさん、4番テーブルお願いしまぁすー!

薄暗い店内には間仕切りが至るところにあって、初見ではまず間違いなく迷うだろう。

私は1.5人がけ、くらいの小さなソファの間をすり抜けながら、4番テーブルってどこだっけ、と思っていた。

安っぽいミラーボールの照明に、ノリノリのジャスティンビーバーのWhat do you mean? はロン毛店長の趣味だ。

いつ出勤しにきてもこの空気に慣れることはない。

このお店は好きでも嫌いでもなかったけれど、どんな日でも気まぐれにきたら出勤させてくれるところだけは気に入っていた。

間仕切りになっているカーテンをあけて、私は5割くらいの笑顔で挨拶する。

「こんにちは、まなてぃでーす。隣、座っていいですかー?」

「あ、はい! 狭いですが大丈夫ですか?」

「大丈夫でーす。あれ、お兄さん何飲んでるんですか?」

「オレンジジュースです!」

「え?」

そこで初めて、私はお客さんの顔をまじまじと見た。

というか、めっちゃ薄暗いから隣に座って間近で見て、ようやく気づいた。

「お兄さんめっちゃ童顔だね〜」

つーかうちのお店ってオレンジジュース飲めんのか。

「はい! こうk「わーー!! そっか、大学生なんだ! どうりで若いと思った〜」

ぽん、と肩を叩くと、びっくりしたように彼はのけぞって、その拍子に床へ何かが落ちた。

「ん、落としたよ、手帳? これ」

「あ、それはせいt「西暦カレンダーの手帳ね!!」

私がカーテンをシャッ! と引くと、くそハゲ店長が鳩が笑うときみたいな意味わからない表情でこっちを見ている。

またシャッ! とカーテンを閉めて、私は10割スマイルでお客さんの方を向いた。

あのロン毛、絶対薄々わかってたな? こんな違法店舗潰れちまえ。

「というかきみさ、ごめんね、失礼だけどお金は持ってるの?」

「はい、アルバイトしてるので! 足りないといけないと思ったので、てんちょーさんに先払いにしてもらいました」

 ニコニコと笑うその顔には邪気が一切ない。

一体どんな理由でこの少年が場違いなこんなお店にきたのかは知らないけれど、深く突っ込むのはめんどくさそうだし、考えるのやーめたっと。

あとで店長は絶対蹴るけど。

「はぁ、まあ、会ったばっかの私が言うのも変かもしれないけどさ、ちゃんと真っ当に生きなよ」

「はい! 真っ当に生きます!」

返事はいいんだよなぁ。というか目もなんだかきらきらしてる。こんな子がねぇ……。

「わかってんのかなぁ、まあいいや。ごめんね、変なこと言って。そしたらさ、お姉さんのおっぱい揉むー?」

「えっ、ちょっとそういうのは……、ぼくみせいn「わーー! ていうかまとも!! なんでここ来たし!」

「あ、そうなんですよ。実は、お願いしたいことがあって……」

彼は改まった顔で、隣りあった私に身体を向けて、頭を下げる。

「ぼくのおじいが危篤で、死ぬ前に一回、Fカップのおっぱいを揉みたいって言いながら苦しんでいて」

「は?」

「……なので、一緒に病院にいって、まなてぃさんが、おじいの夢を叶えてくれないかと思って」

いつのまにかソファの上で正座していた彼は、律儀に靴を脱いでいた。

「お願いします、てんちょーさんに頼んで、一番優しい方であるまなてぃさんを紹介してもらったんです。ぼく、おじいが現世に悔いなく天国に行けるように、できることは何でもしたいんです!」

「いや、むりむりむり意味わかんないし」

 

 

別に少年が泣いたからとか、覚悟の表情をしてたからとか、可哀想とか、そんな理由ではなかった。

少年の言葉が全部嘘で、犯罪に巻き込まれる可能性だってある。

でも私が行くことに決めたのは、待ち合わせ場所がほんとに病院で、そして、少年がめちゃめちゃおっぱいを触りたそうにしていたからだ(目でわかる)。

きっと彼は、本当におじいちゃんの夢を叶えたかったのだろう。

だからじぶんの欲望を抑え込んで、必死に貯めたアルバイト代を使って、ここまで来たんだ。

私には到底、少年が嘘をついているとは思えなかった。

念のため京子(私の親友だ)に今のGPS情報を送って、携帯をカバンにしまう。

 

そして私は、エロジジイと顔を合わせた。

神様に祈る前にもっと感謝しなきゃいけない人物がいるだろう、と思ったけれどあえて口には出さない。

「少年、ちょっと席を外せる?」

「え、でも……」

彼は私を見てから、心配げにおじいさんを見た。

おじいさんはそんな少年に目もくれず私をまっすぐと見つめている。

「たろうや、いきなさい」

「おじい……」

「たろう!! ここから先は、……大人の世界、だ。おぬしにはまだ早すぎる……」

「わかったよ、おじい。無理だけはしないでね」

私に向かって深々とお辞儀をした少年は、少しの希望と不安を抱えた表情で、鼻を大きくふくらませて部屋から出ていった。

部屋の扉の閉まる音が、やけに大きく響く。

「すまんな、わしの孫が迷惑をかけた」

「さっき、看護師からききました。おじいさん、いや、みなさんエロジジイって言ってましたね、エロジジイさん、来週には退院なんだとか?」

おじいさんは動揺することもなく、うむうむ、と真剣な表情で頷く。

「退院できたとしても、身体はもうガタがきてる。大好きだったゴルフももうできないし、ばあももうこの世にはいない。わしにとって、唯一の心残りはえふかっぷの乳を揉めなかったこと、それだけだ」

「たろうくんは……」

「たろうは素直でいい子だ。あれだけ真っ直ぐな子は幸せに育つだろう」

「……そうですか」

どこか安堵したような表情にも見えるおじいさん。

穏やかな目で私を、否、私のおっぱいを見つめている。

「私のFカップは高いですよ?」

「構わぬ。地獄にまで持っていくお金なぞないからな」

FカップのFは、FightのF。

「いきます!!!」

ドン!!!!!

「ぐわぁああっ」

 

 

扉を開けると、心配そうな顔をした少年が立っていた。

「今、おじいの声が……」

「あなたがそばにいてあげて」

私の言葉に、少年は急いで中に入る。

「おじい、大丈夫?! おじい!! 返事をして!」

「た、ろうや……?」

「うん、たろうだよ。おじい、まだ死なないで、ぼく、まだおじいと……!」

「触れなかった……」

「え……?」

「殴られたのか……? いや、頭に強い衝撃は受けたが、痛くはなかった。まるで優しく包み込まれるような……」

私は部屋から出てすぐ、廊下の壁に背をつけて、上を向く。

病院は何もかも白い。

あー、でも天井はグレーなんだな、とか思いながら。

「あれは,おっぱい……?! わしはおっぱいに殴られたということなのか、つまり……、揉めなかったのかっ……!」

「お、おじい……。ごめんね、ぼくがまた連れてくるから。だから苦しまないで。おじいが天国にちゃんといけるように、ぼく、がんばるから」

おじいさんがツバを飲み込む音が、廊下の先まで聞こえた気がした。

「ははっ、そうか、わしは何もわかってなかったんだな」

「おじい……? 泣いてるの?」

「ははっ、違うわ。笑ってるのさ、たろうや、ありがとうな。俺はな、たろう」

「……なに、おじい?」

「やっぱり死ぬ間際に、おっぱい揉みたいわ。だからまだ、死ぬわけにはいかねえよ」

廊下を歩く私の足音は、いささか弾んでいた。

生きろよ、エロジジイ。

いっぱいいっぱい生きたその最後に、目一杯おっぱい揉ませてやるから。

それまではお預けだ。

Fin

 

 

 

 

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